第29話 提案(2)
「ハスミンたちが昨日までクラスの出し物と同時並行ですごく練習してたのを、俺は知ってるんだ。空き教室を借りたり、借りられない時も中庭や屋上で練習したり、休みの日に集まったり。俺はハスミンたちのそんな努力をこんな形で無駄にしたくない。だから俺に協力させてくれないか? 頼む、この通りだ」
「――――」
伝えたいことを伝えてからしっかりと頭を下げてお願いをした俺を前に、ハスミンが深く考えこむように黙り込む。
俺の言葉を吟味しているんだろう。
そのまま少しの間、保健室をなんとも微妙な沈黙が支配した。
遠くに文化祭の喧騒が聞こえ。
近くではカチ、コチ、カチ、コチと室内時計の針の音が時を刻む音が、妙に強く耳に響いた。
そんな重い空気を払拭したのは、怪我をした新田さんだった。
「私からもお願いしていいかな」
「メイ?」
「私はもしみんながライブをやれるチャンスがあるなら、やって欲しいって思ってる」
「そりゃわたしだって出たいけど……でもぶっつけ本番で新メンバーとだなんて、どう考えたって無理だよ。バンドは合奏なんだよ?」
「プロでもない限り普通は無理でしょうね。でも織田くんはさ、2学期になってすごく変わったと思うんだ。明るくなったし、ハキハキしゃべるようになった。授業はどんな問題でもサラッと答えちゃうし、体育ではいつも大活躍だし。クラス委員として文化祭の準備でもみんなをバッチリまとめてる。正直すごいって思う」
「それはわたしも思うけど、急にそれがどうしたのよ?」
「そんな織田くんができるって言うんなら、できるんじゃないかって思わない?」
「それは……でも……」
「ねえ織田くん。織田くんなら私の代わりにギターをやれるんだよね?」
「ああ、やれるよ」
「だったら私は織田くんを信じて賭けてみたい。それでみんなにライブをやって欲しい」
「メイ……」
「ね、やろうよライブ」
新田さんとハスミンの視線が交錯する。
新田さんの真剣な瞳に見つめられたハスミンは、またもや少し考えこんだ後、
「…………うん、分かった。メイがそう言うならわたしも賛成。アスカとホノカはどう?」
大きく頷くと残る2人に問いかけた。
「私はやれるならライブやりたいかなー。せっかく夏休みも遊ばずに練習してきたんだしさー」
「私も。お父さんとお母さんが見に来てるから、やれるんならやりたいかも」
「なら決まりだね! 修平くん、ギターをお願いしていいかな?」
「おうよ、任しとけ」
「ギターは私のを使ってくれていいよ。無改造のFenderだから変な癖はないと思うし」
「分かった」
正直Fenderとか言われても何のことだか分からないんだけど、とりあえず頷いておく。
メーカーかなんかだろう。
まさかそれでスキルが発動しないなんてことはないだろうし。
「あ、そうだ、自己紹介しておくねー。キーボードの楠木明日香だよー。クラスは1組。絶賛カレシ募集中。よろしくねー」
「私はドラムの赤松ほのか。3組。ホノカでいいよ……あ、やっぱり赤松でお願い。怖い人が睨んでるから」
「ぜんぜん睨んでないし!」
「あれぇ? 別にハスミンのことだなんて一言も言ってないんですけどぉ?」
「プッ」
「はわっ!?」
ハスミンがビクッと身体を強張らせながら、裏返った声をあげた。
どうも激しく動揺しているようだ。
「俺見てたけど、ハスミンは別に睨んでなかったぞ?」
「修平くんは空気読んでちょっと黙っててね」
「え……お、おう」
なんでだろう?
ハスミンに助け舟を出したつもりなのに、なぜか怒られてしまったぞ。
やや腑に落ちないながらも、持ち前の鋼メンタルで気持ちを切り替えた俺は2人に自己紹介を返した。
「えっと楠木さんに赤松さん。5組の織田修平だ、よろしくな」
「織田くんのことは知ってるよー」
「ハスミンからよく聞くもんね」
「俺のことそんなに話してるのか?」
「そりゃもうハスミンってば、いつものろけ話を話しまく――もぐっ、もがっ!?」
「も、もう! 今はそんな話してる場合じゃないでしょ。メイは譜面とギターを用意して。みんなもライブの準備をしないとでしょ」
「そうね」
「はいはーい、そうですね」
「もが、もぐ……」
最後の方がちょっとグダグダだった気はするものの。
ともあれ急きょバンドメンバー入りした俺は、突貫で準備を整えると仲良し4人組とともに体育館の舞台に上がった。
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