第28話 提案(1)

「え? 修平くんってギター弾けるの?」

 俺の提案を聞いたハスミンが心底驚いたって顔を見せた。


「実はそうなんだ」


 実のところ仲良し女の子4人組のガールズバンドに、完全部外者でしかも男の俺が入って間に合わせするのは正直どうかと思わなくもない。


 だけど仲のいいクラスメイトが困っていて。

 それに手を貸すことができるのに知らんぷりして黙っているのは、今の俺にはありえなかった。


 それに俺はあくまで選択肢を提示するだけ。

 ダメかどうかはハスミンたちが判断すればいいことだから。


(この辺は陰キャ時代の俺とはもう完全に思考回路が違っているよな)


 昔の俺なら仮にギターが弾けたとしても、こんな提案は絶対にしなかっただろう。


 『はぁ? ガールズバンドの意味わかってる?』とか言われて笑われたらどうしようって、そういう悪い想像ばかりしてしまって口をつぐんでいたはずだ。


 かつての俺は自分の意見を否定されることをとても怖がっていたから。


 だけど今は違う。

 もし仮にそんなことを言われたとしても、笑って流せる圧倒的な鋼メンタルがある。


 死と隣り合わせで嵐のごとく厳しく辛かった魔王討伐の旅と比べたら、クラスの女子に笑われることなんて春に吹く穏やかなそよ風が頬を優しく撫でるようなものだ。


 笑われたって別に死にはしない。


 しかもハスミンはとてもいい子で、逆立ちしたってそんなことを言う女の子じゃないわけで。

 だからここは提案する一択だ。


「えっとその、今までそんな話聞いたことなかったから、突然言われて正直ビックリなんだけど……」


「最近よく言われるな」


 なにせ異世界から帰還してからの俺ときたら、事あるごとにみんなに驚かれまくりなのだ。

 なんかもう、驚かれることにすら慣れてしまったというか。


「修平くんは本当にギターが弾けるの? ほんとにほんと? どれくらいの腕前?」

「自分で言うのもなんだが、かなり上手な方だと思うぞ」


 ちなみにギターが弾けるのは本当だが、もちろんそれは俺本来の能力ではない。


 女神アテナイの加護を受けた俺が持っている、刃物や近接武器ならなんでもSランク級で扱える勇者スキル『ブレードマスター』。


 この『ブレードマスター』には補助効果があって、剣や近接系の刃物以外でも、手に取って持つ道具ならおおむねAランク(=かなり上手に)で扱うことができるのだ。


 剣を持ったら無双する最強の勇者が、例えば剣じゃなくて木の棒だったり、弓矢とかの飛び道具を持った途端にまったく戦えなくなったら話にならないもんな。


 ただその効果対象は結構アバウトで、実際に使ってみないと効果対象かどうか分からないことも多かった。

 ブーメランは効果対象なのに輪投げやフリスビーはダメとか。

 あとは盾は全て効果対象外だったり。


 リエナは、

『スキルの名前的に盾はダメですよ盾は。それじゃシールドマスターじゃないですか』

 とか言っていたけど、ブーメランがいけるなら別に盾が使えたっていいよな?


 そしてその効果対象の中に、ギターをはじめとする楽器も含まれていたのだ。


 実際、異世界『オーフェルマウス』にいた時に、俺はよく楽器の弾き語りしていた。

 理由は簡単で、向こうには音楽以外の娯楽がほとんど何もなかったからだ。


 戦時体制が長く続いていた異世界『オーフェルマウス』では、兵士以外の労働力のほぼ全てが食料や武具・衣類の生産、物資の運搬に当てられており、娯楽らしい娯楽はほとんどなかった。


 だから仕方なくスキルを使って自分でギターやオルガン、オカリナなどなど旅先にあった楽器で、こっちの世界の流行り歌を思い出して弾いたり歌ったりしていたのだ。


 すると一緒に旅をしていたリエナや町の人たちもとても喜んでくれて、時には演奏に合わせて踊ってくれりしたものだった。


(リエナのやつ、元気にしてるかな)


 まだ別れて1カ月ちょっとだっていうのに、なんだかもう懐かしく感じてしまう。


 向こうの世界じゃそれこそ最初から最後まで苦労の連続で、辛くて人知れず泣いたこともあったのにさ。

 それなのに平和なこの世界に帰ってきたら、それはそれでいい思い出だったって思うんだもん。


 そう思えるくらいには、俺も向こうの世界に馴染んでたんだよな。


 ――っといけない。

 つい昔のことを思い出してしまった。


「でも修平くん、練習どころか合わせも前日リハもなしでぶっつけ本番だよ? 譜面だって一度も見たことないでしょ? いきなりできるほどライブは簡単じゃないんだよ」


「何度かハスミンたちが通しでやってるのを聴いたことはあるよ。曲自体は俺でも知ってる有名な曲だし、あとは譜面を見て細かいところを確認すれば弾ける。技術面ではなんの問題もないはずだ。そこは信じてくれないかな?」


「でも……」


 勇者時代は俺がこうまで言えば、誰もが首を縦に振って俺を信じてついてきてくれた。

 勇者である俺の言葉にはそれだけの重みと信頼があった。


 でも今は違う。


 今の俺はただの高校生――どころか夏休みが終わったら名前を忘れられているほどの陰キャに過ぎないのだ。


 最近こそ評価も上がっているとはいえ、そんな俺が「信じてくれないかな?」なんて言っても簡単には信じてくれはしないよな。


 ギターを弾いてみせることができれば一発なんだけど、ここは保健室で手元にギターはない。

 楽器は生徒会の管理の元、体育館の保管室で厳重に保管されている。

 万が一、窃盗被害があったら今度はライブまで禁止になってしまうからだ。


 それに楽器を弾くことも特定の練習スペース以外では許可されていないのだ。


 だからここでハスミンに俺の言葉が真実であると信じてもらうために、俺はもっと言葉を紡ぐ必要があった。

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