第19話 文化祭準備(3)
翌日の放課後から、全校あげての文化祭の準備が始まった。
クラス委員長として1年5組のクラス出し物に関する責任者になった俺は、文化祭実行委員会の会議に参加した後、教室へと戻ってきた。
「みんな、進み具合はどんなもんだ?」
「順調だよー」
「了解。必要な物とか要望とかあったら言ってくれな」
「あいさー」
教室で内装やメニュー表を作っている作業班に進捗を訪ねてから、俺は今度は中庭で立て看板やプラカード制作といった作業を行っている大道具係のところに向かう。
俺はクラス全体の進行管理をしつつ、文化祭実行委員会の会議などにも顔を出し、それがない時は基本的には大道具づくりを手伝うことになっているのだ。
文化祭関連の仕事は、本来は副クラス委員のハスミンと分担する。
だけどハスミンはクラスの出し物とは別に、個人参加する軽音バンドの練習がちょこちょこあるそうなので、練習がある時は俺が1人でやっていた。
なにせ俺は放課後は完全に暇してるからな。
こういった役回りはうってつけだ。
ハスミンには会議の情報を適宜共有しているし、今のところ特にそれで問題はなかった。
ま、魔王を倒す旅の過酷さと比べたら、文化祭の準備のクラス責任者なんて紙風船を踏んでぺしゃんこにするくらいにイージーだから。
文化祭の準備で活気にあふれる放課後の校内を抜けて中庭に着いた俺は、すぐに大道具係の男子が集まってあれこれ相談しているのを発見した。
すぐさま状況を確認に行く。
「どうしたんだ、なにかトラブル発生か?」
「ああ織田か、ちょっとな」
「会議お疲れさん」
「おかえりー」
「実はさ、立て看板をつくるためにベニヤ板を貰ってきたんだけど、試し切りしたら全然うまく切れないんだよ」
「そうそう。ほら見てくれよここ。のこぎりで試し切りしたとこなんだけどさ、切れ端がすげーガタガタになってるだろ?」
「せっかく立て看板作るんなら綺麗に切りたいなって思うんだよな」
「で、どうしたもんかなって相談してたんだ」
「そういうことか。分かった、なら俺が切ろう。のこぎりを貸してくれ。この線に沿って切ればいいんだよな?」
「え? ああおう、そうだけど……」
俺はのこぎりを借りるとすぐにベニヤ板を切り始めた。
まるでダイヤモンドカッターで切ったかのような美しい切断面でさくさくとベニヤ板を切っていく俺に、看板係の男子たちが一様に驚いた声を上げる。
「うわすごっ!」
「なんでこんなに綺麗に切れるんだ!?」
「お前って家が刃物屋だったりする?」
「あー、まぁなんだ、実は刃物を使うのは得意なんだよ」
もちろん俺が器用だからというわけでは全然なく、これもかつて異世界転移した時に授かった女神アテナイの加護の恩恵だった。
女神アテナイの加護によって、刃物や近接武器ならなんでもSランク級で扱える『ブレードマスター』という勇者スキルを俺は持っていたからだ。
このスキルがないと、せっかく聖剣を手にしても剣の修行をするだけで何年もかかってしまうからな。
ある意味、異世界に呼ばれた勇者には必須スキルだろう。
そしてこのスキルさえあればベニヤ板をのこぎりで綺麗に切るなんてことは、赤子の手をひねるよりも簡単だった。
「単に明るくなっただけじゃなくて、こんな特技も持ってるとか、実は織田ってスゲー奴だったんだな」
「体育の授業でもバスケ部レギュラーの伊達に勝っちゃうし」
「伊達っていう運動神経モンスターがいたと思ったら、さらにその上がいるとかビビるわ」
「そりゃ蓮見さんを名前とあだ名で呼び合ったりしちゃうよな」
「一度でいいから俺も蓮見さんをハスミンって呼んでみたいなぁ」
「俺も俺も! 蓮見さんから名前で呼ばれてみてぇ!」
「別に俺とハスミンはそういう仲じゃないよ」
「またまたぁ、あんな仲良さそうなのに」
「んだんだ」
「よく一緒にいるしなぁ」
「この前も一緒に帰ってただろ?」
「一緒にいることが多いのは、単に席が隣なのとクラス委員を一緒にやってるからだよ。放課後に会議とかに出たら、そりゃその後一緒に帰るだろ?」
「おいおい、隠さなくてもいいって。みんな分かってるから」
「そうそうお似合いだもんな」
「誰も文句なんて言わねえから」
「はぁ……そんなことより切り終わったぞ?」
「早ぇぇ!?」
「しかもこの完璧な仕上がり!」
「適当に話しながらでこれだぜ?」
「こりゃ蓮見さんも惚れるわ」
「俺が蓮見さんでも惚れるわ」
「それな、マジな」
「だからほんとにハスミンとは何もないんだってば……」
そんな感じで、俺は騒がしいクラスメイト達とワイワイやりながら立て看板づくりに精を出した。
(いいなぁ、こういうの。まさに青春って感じがする)
中学時代にはもう既にいっぱしの陰キャだった俺は、文化祭は準備も本番もみんなの邪魔にならないように、言われたことだけをやったら後はずっと隅っこで静かにしていた。
そして異世界転移してからの勇者時代は、リエナとともにひたすら魔王軍との戦いに明け暮れていた。
だから文化祭の準備は俺にとって人生で初めてとなる、同世代の仲間と一緒に何かをするとても楽しくて充実した時間だったのだ。
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