第3話 陰キャあるあるの1つ『休み明けにクラスメイトから名前を忘れられている』

「おっす修平、なんか朝から雰囲気違うけど、2学期から遅咲きの高校デビューか?」


 そう言って声をかけてきたのは、俺の高校での唯一の友人・柴田智哉だ。


 席も隣でお互い陰キャ同士、自然と仲良くなった――記憶がある。

 なにせ5年前の記憶だからかなりあやふやだった。


「まぁそんなところかな」


「げっ、マジ系かよ。高校デビューは撤回して、同じ陰キャ同士今までみたいに仲良くミドリムシみたいに静かに生きようぜ?」


「逆に俺と一緒に智哉も変わったらいいんじゃないか?」


「おいおい、そんな簡単に陰キャを変えられたら陰キャなんていないっつーの。っていうかマジでどうしたんだよ? 体格もやたらとマッチョになってるし、なんかもう別人だぞ? フランスの傭兵部隊に入って中東にでも行ってきたのか?」


「まぁな、俺も色々あったんだよ」


「まぁなってなんだよ、まぁなって。マジで中東でドンパチやってたのかよ?」


「中東には行ってないよ」


「だよな、びっくりさせんなって」


「ははっ、悪かった」


 ま、中東には行ってないものの異世界には行ったんだけどな。

 しかも魔王と戦って倒してきた。


 まぁなっていうのは、つまりそういうことだ。


 もちろん正直に言ったら頭を心配されそうなので、言ったりはしないけれど。



 そのまましばらく席に座って智哉と話をしていると、予鈴が鳴って担任が入ってくる。

 担任の指示で体育館に移動すると、どこにでもある変わり映えのない始業式が始まった。



「なんで校長先生ってのは誰もかれもこうも話したがりなんだろうな……」

 こういった式の定番、特に中身があるわけでもない校長先生の話は既に10分を優に過ぎていた。


 俺にだけ聞こえるように小声でぼやいた智哉に、


「その意見には同感だな」


 俺も同意せざるを得ない。


「こんな長い話、誰も聞いてないって分かってないのかな? 完全に自己満足の世界だろこれ」


「分かってないから長話するんだろうよ」


「だよなぁ。あーあ、こういう自己中な大人にだけはなりたくないよなぁ」


 ため息をついた智哉に限らず、周りを見渡しても明らかに長話にだれている生徒ばかりだ。

 というか一部の先生もだるそうな顔を隠そうとはしていない。


 始業式の司会進行役をやっている2年の学年主任に至っては、イライラした様子で何度も時計を見ている有様だし。


 ちなみに俺は面倒だとは思ったものの、勇者時代の文字通り死にそうになった苦労と比べれば校長の長話くらい屁みたいなもんなので、しっかりと背筋を伸ばして聞いている。


 そういや異世界『オーフェルマウス』でも王様とか大臣とか偉い人はみんな話が長かったんだよな。

 偉くなると長話をしたくなるものなんだろうか?


 俺なんか勇者としてスピーチ求められても、いつもさっさと話を終わらせてたってのにさ。


 そうして最終的に15分近くかかった校長先生のありがたいお話を聞き終えて教室に戻ってくると、次に新学期恒例の行事である席替えが始まった。


 教卓に置いてある箱の中に入った紙を順番に選んでいく。


「7番……ってことは俺は窓際の一番後ろの席か」


「マジか、超当たりじゃんか。いいなぁ。えーと、俺は15番……うげぇ!? マジかよ、特等席だ……終わった、俺の2学期……」


 対して智哉は中央最前列のいわゆる「特等席」を引いてしまい、死にそうな顔をして俺を見ると、ガックリと肩を落として席を移動していった。


 俺は窓際の一番後ろ、新しい自分の席に座る。

 俺の隣は――陽キャ女子グループのリーダー、蓮見さんだった。


「これからよろしくね蓮見さん」


 しばらくお隣さんということで、俺は軽く挨拶をする。


「え? あ、うん。よろしくね、えっと……」


 蓮見さんが一瞬ヤバって顔をした。

 すぐに素敵な笑顔に戻ったけど、その意味するところは1つだ。


「織田。織田修平」


「そうそう織田くん。ごめんねちょっと名前をど忘れしちゃって。これからお隣さんとしてよろしくね」


 これは陰キャあるあるの1つ『休み明けにクラスメイトから名前を忘れられている』だな。


 ど忘れどころか、そもそも陰キャの俺の名前なんて覚えてなかったんだろうけど、もちろんそれを指摘したりはしない。


 陰キャというのは得てしてそういう存在だから。

 むしろ自分から静かにひっそりと生きるのが陰キャだから。


 そういうわけだから1か月以上もある夏休み明けに、クラスの陰キャ男子の名前をしっかり憶えている女子はまずいなかった。


(そうそう、異世界に行って帰ってくる前の俺はそういうポジションだったんだよな。なんか懐かしいなぁ)


 異世界『オーフェルマウス』では勇者として誰もが知る有名人だったのもあって、こういうのはなかなか新鮮な体験だ。


(向こうじゃいつでもどこでも『あの勇者シュウヘイ=オダ』だったから、おちおち外を出歩くことすらできなかったもんな。そう考えると、これはこれで楽だし悪くないな)


 死と隣り合わせで本当に大変だった異世界での勇者生活。

 それと比べたら帰ってきたこの世界は時間の流れが緩いっていうか、ぶっちゃけヌルゲー過ぎてなんでもプラスに考えることができる俺だった。


「平和っていいなぁ……」

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