クランクイン?
「で、どうするの?」
歓声が向こうから聞こえる。もうすぐ試合も終わる頃だろう。
そして僕らの映画の第一歩でもある。
「割に合わない条件にならないためにも、全力で撮らせてもらいます」
資金上の赤字であれば、最悪の場合、踏み倒しか夜逃げするという選択肢がある。でも、人生を対価にした場合、それを補填することも、また目を逸らすこともできない。
だからこそ僕は、自分の決意と、彼女の真剣さをカルトなまでに信じ、実際に撮るしか道はないんだ。
「よろしい。それで、具体的なプランについて教えてもらえる?」
「一週間、待ってもらえる………?」
「だと思った。そもそも岡田君っぽくないな~とは思ってたけど」
「僕っぽくない?」
「あ、陰キャだとかそういう意味じゃないよ。私、その言葉好きじゃないし。そうだな~フィーリングをロジックで伝えるのは難しいけど、私の中で岡田君と映画は結びつかないし、それどころか『自分で何かを作りたい』タイプとは思ってなかったの。いい意味で秀才というか、皆が簡単にマネできないくらいにコースを歩んでる感じがしてた。だから、そのコースから外れたように見える分野には目も行ってないみたいな?」
「あたらずといえども遠からずって感じかな」
「でしょ?それをストーリーも機材も何もない地点から、独りだけの熱意だけじゃなくて、こうして誰かに話してるのがとっても不思議」
彼女の言う通り、僕は何もないし、それを苦にならない選択肢を進んできた。成功すればエリート、普通にしていても平凡。僕の選んだ人生には基本的に失敗がない。よく悩み事が無いことが悩みだなんて言う人もいるけど、それすらも馬鹿馬鹿しく見えるほどに、僕は良くも悪くも不動、いいや、一定の世界に居た。
でも僕らの映画は大丈夫そうな気がする。
女優が単なるルックスで選ばれたんじゃなくて、こうしてあまり関わりの無い僕に対しても精密な人間観察を行って、それを使う予定もないのに、分類化できている。
『自分以外の人間』
僕らの共通点はこれをはっきりと認知しつつも、決して自他を特別視していない。
彼女は何役だって演技できるに違いない。
「必ず仕上げるから」
*****
「智にぃ、目のくま凄いけど………」
「まじ?」
「まじ。深夜アニメでも見てんの?」
「いいや」
「ゲーム?ともかくみっともないから、しっかり寝た方がいいよ」
「ゲームでもな、あっ、はい」
――みっともない――
僕は今、何をしているんだ?
映画を撮る?シナリオを考える?
ろくに鑑賞していないし、当然、批評もできないという消費者としても未熟な僕が?
どれだけ書いても良くない。いや、クズだ。
なぜ書いてから誘わなかったのだろう。
書いていたら、誘えなかったからだろうな。
「コンコン」
「口で言ってもノックにならないから」
「智にぃ暇でしょ。一緒に本屋行こうよ」
「暇じゃないから」
「でも気分転換した方が良さそうな目だよ?」
暴君妹キャラを演じているが、やはり楓は僕を気遣っているんだろう。だったらなおさら、
「やっぱり一人で行ってきてくれ」
「あっそ、じゃあね」
誰に言われたでもなく勝手に始めたのに、自分勝手に周りの人間に心配してもらう資格はない。
今僕がサボって、それでも奇跡的に最低限納得できるものができたとして、それは僕にとっての合格ラインだ。
それによって僕は僕自身ではなく、
映画製作はきっと大変だろうけど何だかんだ言って楽しい。というか楽しくもないものに人生を賭ける事はできない。
でもそれは青春の模倣のようなものだ。
部活の代替、恋の代替、進路活動の代替。
今本当にしなければならない課題は文字通り学校に課された宿題のはず。
でも映画について、僕らの人生について真剣に悩んでいるという状況が大義名分になってくれる。
心のどこかで僕は、もしかすると新見さんも感じていたかもしれない。
だからこそ、僕は徹底的に演じ切るんだ。
女優よりももっと。
作品は女優を通して観客に伝わるけれど、最初の演者は僕なんだ…………!
「まだ何か?」
ボールペンを強く握りしめ、ようやく熱い映画プロデューサー兼監督になると思ったが矢先、再び楓が入ってきたと思えば、僕の腕を結構強い力で掴んでくる。
「やっぱり今の智にぃは放っておけないから、一緒に出かけるよ!」
「やっぱり心配性だな」
「智にぃが変になったからじゃん!」
「………そうだよな!」
「え!?」
「ありがとう楓!」
「ちょ、キモ」
そうだ、新見さんや楓の言う通りだ。
僕は僕らしくないことを僕らしくない方法で始めようとしていた。
僕のコース外の出来事をコース内のものにすればいいんだ。
「楓、一緒に本屋に行こう!」
「う、うん………ちょっとはマシになったのかな?」
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