鋭意制作中?
『進路に不安です、どうすればいいですか?』
僕が先生でも既に入試を終えた先輩でなくともこう答える、『もっと勉強すれば?』
不安というのは万全でないから感じるんだ。ジャングルで不安なのは、トラかヘビが出てきても勝てない、もしくは勝てるかもしれない装備がないから不安なのだ。
心霊スポットで不安なのは、幽霊が現れたとき、除霊する術を知らないから不安なのだ。
同様に、映画製作についてはその知識経験に乏しいから不安なのであって、僕がいますべきは下手に一週間以内に文字数稼ぎのようなシナリオを完成させるのではなく、徹底的に映画理論を学んでから、少なくとも技巧的なものを書けばいい。
芸術ではなく技術。これが、これこそが、これまでの僕の生き方じゃないか!
「智にぃ、私、雑誌見てくるから……」
「え、おう」
出かけると言った時は嬉しそうだったのに、こうしていざ来てみると複雑そうな顔をしている。まあ、中二女子ともなると、内ではお兄ちゃんお兄ちゃん言ってても、外ではやはり彼氏でもない男と、それも兄と一緒に居るところを見られたくないのかも。楓もまた、一つの青春像を持っているはずなので、僕は兄としてそれを尊重し、ひたすら映画論に関する本などを漁る。
この書店というか、ここらに住んでいる人間にはあまり興味のない分野なのか、チェーン店?ではあるのに、結構、年季の入ったコーナーとなっている。場合によっては少しではあるが埃まで。
逆に言うと、映画を撮るのはカメラなどの技術から入るのであって、脚本の書き方から入るのは、小説家志望の人たちだけなのかな。
熱烈に自身の方法を掲げようとしたところなのに、早くも暗転しそうな予感。
「あ」
「はい?って、新見さん!?」
本屋で話しかけられることは基本的に無いので、何事かと思ったが、彼女の右腕には『これでカンペキ!俳優のすゝめ』という本があったので、案外、似た者同士かも。
「お、岡田君も映画の本?」
本を背後にもっていって、赤面しているとなると、やはり照れてる?僕は馬鹿にするところか、めちゃくちゃ嬉しいけどなー。
「うん。恥ずかしながら全然、形にならなくて。それで、これまでの僕のやり方を意識してみることにしたんだ」
「そうなんだぁ、努力家の岡田君らしいね」
「新見さんもね」
「バカ言わないで」
お、出た。彼女の口癖はこのセリフがかった照れ隠し。クラスの中でも時折いじられ、その度に言ってしまうという人気者ムーブメント。
「ま、せいぜい、この本にかかった1800円分は保障してよね」
「……精進します」
******
書籍を参考に、いよいよ本格的にシナリオを書き始めた。不思議と楓はより機嫌を悪くして、本屋以外どこにも寄らず帰ったのだが、今の僕にとっては、時間こそ何よりも必要なので、後々面倒かもしれないけれど、現状は問題ない。
「あ、恥ずかしいな、これ」
いざ書いてみると気づいたのだが、ヒロインの台詞、何だか僕が新見さんに言わせたい言葉集みたいなのだが、『監督はエゴが強いくらいがいい!』とデフォルメされたブタが本の中で言っていたので、今回はあえて見て見ぬふり。
でも、我ながら結構いい台本なのでは?
以前のモノが最底辺ランクであったせいかもしれないけれど。
舞台はややこしい設定の辻褄を合わすのが大変なので現代。
新見さん演じるヒロインは陸上部の長距離走エース。
ある日、学外を走っていると『作家になれ、ならないなら消えろ』というアクの強い新作映画の宣伝文句を見かける。
不思議と惹かれた彼女は、大会前日にそれを独りで観に行き、小説家を志す。
そして翌日、なぜか彼女のタイムは大幅に下がり、部での肩身が狭くなり、小説執筆に突き進むが…………
******
「結構、イイ感じだね」
「だよね!?」
新見さんに褒められると自画自賛が止まらない。実際、書き上げたのは今朝、つまり期限最終日なのだけど。
「もしかしてこれは岡田君のことなの?」
「え、いやフィクションだけど」
「そう………」
妙な顔つきだったが、流石に僕の自伝を彼女に演じてもらうほどヤバい奴ではない。
「だったら、演技に関しては私に委ねられるということね」
「そう、だと思うけど」
「ま、この話はいったん保留。カメラだけど、このアプリを使うと上手く撮れるらしいよ。それに編集機能もあるし」
「すご、便利だなぁ」
「技術はこれで最低限整った。でも、これだけで出来るかしらね」
「確かにこれからが大変だよ」
「そうじゃないけど」
「え?」
彼女は何を躊躇しているのだろう。僕の台本が確かに完璧でもないし、アマチュアの中でも実際は大したことがないはずだけど、それにしても気がかりそう。
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