純度100%の真っ青な春を

綾波 宗水

制作決定?

「お願いします。僕にあなたの残りの高校生活をください」


 台詞だけ聞けばまごうことなき立派な告白であり、遠目に姿だけみればあたかもお金を貸してくれと懇願しているようでもあった。



 高校2年の夏。

 それは活気に満ち溢れていると同時に来たるべき進路に向けて本格的に始めなければ世間体が悪く、純粋に夏休みを過ごすことができなくなる明確なポイント・オブ・ノーリターン、もう二度と後戻りできない分岐点でもある。


 クーラーの駆動音をBGMに宿題と各々が購入したテキストを解く日々。僕の夏休みも神の定めし律法を修道するかのように歩むはずだった。


「…………ッッ!?」


 何となくイスラームの歴史を勉強するのが億劫になった僕は、SNSや動画を見て時間を浪費するよりかは幾段も罪悪感の少ない娯楽である映画を観ることにいつしか決めていた。

 決まっていた、と今の僕なら表現したい。


 それほどまでに偶然知ったこの『脳アトラス 次の一手』という映画は凄かった。

 チェスプレイヤーを主人公にしつつも、まさに一コマ一コマが制作陣の一手のようで、帰りの電車ではひたすら内容を反芻はんすうするとともに、ぎゅっと切符を握り締めていた。


 ――僕も映画を撮りたい――


 そうはっきりと感じたのはそれからまもなくのことで、具体的に言えば、寝る前に明日に控えた野球部の応援という行事の簡単な準備を済ませた頃合い。

 ハッキリ言ってこれまでも、野球部の応援のために夏休みを一日、にしてしまうと感じていた。

 でもそれは僕がただ野球を楽しいと思っていないからであって、「じゃあ来なくていいよ」と校長にお墨付きを貰えたとしても、果たしてに過ごせるはずはないのだった。


 でも、僕はずっと何かを探していたんだ。

 テレビを見なくなったのはきっとこのせいだ。野球部に言語化しづらい敵対心を持っているのもこのせいだ。

 僕はずっと彼らのように、何か一つのことに人生を


 *****


「で、どうして私に?」

「それはその………クラスで一番」

「クラスで一番?」

「女優としての才能がありそうだったから」

「ふ~ん?」

 これでも僕は勇気を出したんだ。僕にはカメラも演出の力も無いかもしれない。それでも努力次第で形にはなる。ただ、物語を撮るにいたって、本当に必要なのはヒロインの存在だ。

 それにピンときたのはやはりつい先程。

 野球部の活躍と失敗をおぼろに眺めていると、向こうの席から女子たちの声がし始めた。チアガール。僕の性癖じゃないと思っていたけど、自然と目が行ってしまうし、それどころか、瞬く間に対戦相手の野球部の志気と実力までもが上がっていったのだ。


 ヒロインだ!

 またもや天啓てんけいを受けた僕はすぐさま自身のスマホに登録されている女子の連絡先を見つめる。


『母』『妹』『おばあちゃん』『散髪屋』


 砂漠かと思うくらいに僕には女子の瑞々しさが欠けているではないか。今まで僕は女子と話したことが無いのか?男子校か?

 いずれも答えはNOであるからこそ、僕は少しへこんだけれど、これから映画を撮ろうという青年の挫折としては悪くない。

 僕はこれから色恋に騒ぐ彼らと違い、映画を撮るんだ!


 そう思うと、気づけばクラスで一番……可愛い新見にいみ麻里紗まりさをスカウトしていた!?

 これはきっと砂漠での飢えを自覚したが故の暴走だ。

 おそらく僕は蜃気楼に誤魔化され、アリ地獄か何かに消えてゆくのだろう。さらば儚き映画ライフ!


「いいよ」

「ごめんなさい、自分でも死にたくなるのでお願いですから忘れて…………え」

「でも条件がある」

「いや!?それよりホント!?」

「女優になってあげるよ?」

「マジか…………」

 こんな時、漫画などであれば天空に拳を突き上げ、凄まじき吹き出しと共にグラウンドの反対に居る野球部の顧問の耳が痛むくらいに大声で喜ぶのだろうけど、リアルな反応はこれだ。


「ドッキリ?」

「それ、私の台詞だけど」


 映画には何よりもヒロインが必要。

 裏を返せば、ヒロインが見つかれば、物語は始まる………!


「フフフ」

「もしかして岡田君ってヤバい?」

 そうだね、僕こと岡田おかだ智樹ともきは自分で思ってるよりヤバいかもしれないね。フフフ。


「え、条件?」

「時間差だね」

 プロの女優には当然、大金が報酬として渡される。ではアマチュアは?


「岡田君に残りの高校生活は渡す。その代わり、絶対に映画を完成させて、それも最高のものを。そして大学生活4年間を私に頂戴」


 メイキング映像としてここも撮っておくべきだった。もしかすると双方、法的手段を取ることになるかもしれないからな…………

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