第5話

「さてと、無事学院に入ることは出来たけど、ここからどうしようか」


 一応、入った後の事も考えてはいた。

 今後のために学院の敷地内を偵察しようと思っていたのだ。

 だけど、ここに通うのはスパイとしての俺だけではない。


 学生としての俺も通うのだ。

 だから、どちらかに偏るような生活はしたくはない。

 少し欲張りかもしれないけど、それはどちらも譲れないものだ。


 だから今は学生らしく、偵察ではなく散歩をしようと思う。

 誰もいない夜の学院を歩くのも、なかなか乙ってもんだろ?

 それに今は自分が新しく通う学院を見て回りたいみたいという気持ちが大きい。


 そこにスパイのためという、不純な目的はない。

 そう思いながら適当に歩みを進める。門超えた先は100段を超える上り階段だった。

 左右は木が生い茂っていて少し不気味だったが、それを抜けると開けた場所にでれた。


 その広場のような場所は、人っ子一人おらず、寂しい雰囲気に満ちていた……。

 そんな寂しい雰囲気が俺にも伝播してきた。月と星だけに照らされている周りの雰囲気に少し酔ってしまったのだ。


 そこに疲労も加わり、俺は少し今日の事を振り返っていた。

 いつもよりも早起きをして、電車を乗り継いで見知らぬ土地まで来たこと。

 しかもちょっとした事件のせいで、ここに到着したのも夜になってしまったことなど。


 体力には少し自信があったが、流石に今日は疲れた……

 そう、気を緩めたのが悪かったのかもしれない。

 気が付いた時にはもう近くにいた女の子とぶつかっていたのだった。


「きゃっ……」


「え……っ」


 その瞬間、俺は目を奪われた――

 純白の羽根が空から降ってきたのだ。

 ひらひら舞うそれは、女の子の周りを覆うようにして落ちていく。


 幾重にも舞う白い羽根が、翼のように見え、そしてそれがまた女の子を包む。

 真っ白な翼に守られているようなその姿はこの世の何よりも美しかった。

 そんな神聖なものにこそ相応しい言葉がある。


 それは――


「抱き枕……」


そう呟いて、俺とその女の子は白い羽根と同じように地面にしりもちを着いた。




「あ、い、痛たた。あっ。ご、ごめんなさい。こんな時間に人がいるなんて思はなくて……。あの怪我してませか?」


「……」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。

 それほどまでに俺は、彼女に見惚れてしまっていたのだ。


「え、えっと……大丈夫ですか?」


 俺の意識が回復したのは女の子が俺を覗き込むようにして、体を傾けてきてから。


「……っえ? あ、はい! 大丈夫です。そちらこそ大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。ふふ、良かったです、お互い大丈夫そうで。最初、少し反応が無かったので心配しちゃいました」


 そう言われて、改めて女の子を見てみる。

 なるほど、これは素晴らしい。

 まず目を引いたのは、髪だ。


 ウエーブのかかった茶色い髪は奇麗に腰までのび、一目見ただけでよく手入れをされていることが分かる。

 そして、もちろん美しいのは髪だけではない。


 整った容姿も、制服を押し上げている胸も、スカートと白いニーソの間の絶対領域も、そのすべてが美しかった。


「あはは、すみません。少しボーっとしてしまって。白い羽根が降ってきたから驚いてしまって」


 あたりを見渡してみると、そこには大量の羽根が地面に落ちている。

 この羽根どっか見た覚えがあるな……


「あ、この羽根ですか? これは枕の中に入れる羽根なんです」


 ああ、そうかこれは水鳥の羽根なのか、確かによく見てみると父さんの工場で見かけたやつと同じだ。

 そしてもう一度、あたりを見渡した。今度は羽根以外の物も目に入った。


「もしかして、この羽根を運んでました?」


「はい……」


 目についたのはダンボール。

 それも蓋が開いて、いかにも中身が漏れ出たような状態で地面に放置されている。


「「……」」


 俺たちの間に気まずい沈黙流れはじめる。


「えっと、本当にすみません!」


 地面に、倒れていたことが幸いし俺の土下座への移行は早い。


「そ、そんな、辞めてください。前を見ていなかったのは私なんですから、謝るのは私です! 本当にすみませんでした!」


 頭を下げているから見えないけど、きっと女の子の方も頭を下げている。

 それも感じ的に俺と同じ土下座だ。

 こんな優しい女の子に土下座をさせてしまうとは……


 とりあえず、一旦この場を納めなくては……俺らしいやり方で。


「いえ、本当に俺が悪いんです。何せ、ほら、見てくださいこれを!」


 そう言うと女の子は土下座をやめ、顔を上げる。


「え……っと、どれですか?」


「これです、これ! 抱き枕です!」


「あ、うん。見えてはいるんですよ……でも、その抱き枕がどうかしたんですか?」


「この抱き枕をよく見てください。ほらここです。女の子が描かれているでしょ!?」


 そう言いながら俺は、抱き枕に描かれた青い髪のメイド服の女の子を見せつける。


「あ、うん。見えてますよ。ばっちりです」


「つまりですね、この抱き枕は俺の彼女なんです!」


「……はい?」


 よし、いい感じだ。

 この調子でいけば、いけそうだ。


「俺はこの抱き枕の彼女に見惚れていたから、前なんか一ミリも見てなかったし、眼中になかったんです!」


「……」


「思い出してください! 貴女とぶつかったとき、俺は何と言ってました!?」


「あ、はい、えっと……確か、『抱き枕……』と、言ってたと思います!」


「そうです! よって、ここから導き出されることはただ一つ! 俺は貴女とぶつかった時でさえ、貴女なんか認識しておらず! 抱き枕にしか意識がなかったんです!」


「…………」


 そう、これが。こそが俺のやり方。

 抱き枕をスケープゴートにして、所有者である俺がそのまま責任を取る!

 場に抱き枕が存在しないと使えない技だが、俺にはなんの制約にもならない。


 俺はずっと抱き枕を持ってるからな!

 勝ったと思った、これで女の子は俺を責めるだろう……。

 そうなればきっと、女の子は俺に対して罪悪感を抱かない。

 最高のハッピーエンドだ……。


「どうですか、俺の方が悪いでしょ? だから気にしないでください」


 そこまで言うと、女の子は急にハッとして俯く。


「ほ……、悪い……で……」 


そしてほとんど聞き取れないような小さな声で何かを言った。


「……え?」


 思わず聞き返すと、女の子は急に顔を上げて、天使のように微笑みながら、

 こう言ったのだ――


「ふふふ、自分だけのせいにしちゃうなんて、悪い人なんですね」


 それは、完全に不意打ちだった……

 そして、俺の完全な敗北でもあった……


「あ……あのですね」


「ふふふ、だめですよ。私だって、ダンボールに気を取られていたんです。貴方だけが悪いなんて私認めません。だから、ここはお相子です」


 そんな、満面の笑みで言われたら、俺にはもう頷くし以外の方法はなかった。

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全てが完璧な俺だが枕が武器ってどういうこと!? 枕投げがスポーツとして定着している学園で最弱クラスを俺が最強にする! 太刀風邪 @origami1234

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