岸田新の告白
「――高坂さん。俺と付き合ってください!」
さらに翌日の昼休憩。
今年に入って何度目の告白だろうか。
目の前の男子には見覚えがある気がした。同じ二年生の
名前はさっき乃々果に教えてもらった。
見た目は至って普通。悪い人では無さそうだけど……。
ベタに校舎裏に呼び出された私は、少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、差し出された手に向けてゆっくりと口を開く。
「……ごめん岸田くん。私、好きな人がいるから」
困ったような、けれど真剣に悩んだ結果出した答えのような雰囲気を交えつつ言う。
ちなみにだが、そんなものはいない。
岸田くんの手がびくりと揺れて、ゆるゆると下がっていく。そして、悲しげな目が私の方へ向けられた。
「そ、そうですか……。そう、ですよね。そういうことなら、俺も諦めがつきます……」
がっくりと肩を落とした彼は、項垂れたまま小さく息を吐いた。
……ふう。わりとすんなり分かってもらえて良かった。時々引き下がるわけにはいかない、とでも言うかのように粘り強い人もいるから。
そして、告白されて断るというのは何度経験しても気分のいいものではない。けれど、これ以上私が謝るのは彼にも、彼の気持ちにも失礼だ。
「……じゃあ、私行くね?」
「あ、あのっ!」
背を向けて歩き出そうとした私に、岸田くんから声がかかる。まだ、何かあるのだろうか。
これまでのパターンからいくと、俺は諦めませんからというものと、誰が好きなのか教えて欲しいというものが多い。
いや諦めろよ。
そしてそんな見ず知らずのやつに、もし好きな人がいたとしても教えるわけないだろう。
まあ、何を聞かれたところで大した問題ではない。適当に取り繕う術はいくらでも持っている。私は高坂柚葉なのだから。
「なにかな?」
私は、少しの冷たさを声と視線に込めて振り返る。それを感じ取ったのか、一瞬躊躇ったように視線を泳がせた岸田くん。
幾許かの間を置いて、彼は叫んだ。
「――やっぱり高坂さんって、甘夏さんが好きなんですかっ!?」
ふう。
よくある流れだ。少し会話をしたり、噂になった男子とのことを探るような質問。好きな人はいないのだから、私はそれを否定するだけで……。
「――へ?」
今、彼はなんと言った?
…………甘夏? あま、なつ?
あまなつと言ったのか?
な、なんで、あいつがここで出てくる?
いや落ち着け高坂柚葉。あいつじゃない。
きっと甘夏という名字の男子生徒がどこかにいるのだろう。私が知らないだけのこと。
「……あ、甘夏くんって言うの? 私、その人のことは知らないんだけど」
「いや、くんじゃなくてさんです!」
くんじゃなくてさん!
校舎裏は影になっていて、木々もあるが流石に七月にもなればそれなりに暑い。私はじわりと浮かぶ嫌な汗を感じながら訊ねる。
「ええと。甘夏さんって言うと……」
「一年生の甘夏さんですよ! あの堕天使、甘夏京です。……は、はっ! まさか、高坂さんほどになると甘夏さんなんて視界に入らないってことですか……?」
「い、いや。甘夏さんは知ってるんだけど」
昨日の彼女の笑顔がぬるい風と共に脳裏に浮かぶ。しかし何故。何故、私があいつのことを好きだとかいう暴論に発展する?
「甘夏さんって、女の子だよ?」
「知ってます!」
「知ってるんだ」
知ってるならなんでそんな自信ありげなんだ。少しは躊躇いというものがないのか岸田くん。
「なら、なんで私が甘夏さんを好きだなんてことになるんだろう?」
落ち着きを取り戻しつつ、私は笑みを浮かべて首を傾げる。早くこの会話を終わらせてしまいたい。
「甘夏さんが、好きな人は高坂さんなのでと言ってるって噂になってますよね? それで俺はてっきり……」
「は?」
ちょっと、待て。
甘夏が、好きな人は私だと言ってる?
なんだそれ。なんだそれ。
私はそんなこと、聞いてないぞ!
瞬間、ぼわっと頬が熱くなるのを感じた。
これは、好きとかではなく。
理解が追いつかないせいだ。
これは、そんなことを周りの人が知りながら私を見ていたのかもしれないという羞恥から来たものだ。
昨日のクラスメイトの反応はもしかしたら、なんて思うと恥ずかしさで死にたくなる。
ふと顔を上げると、ぽかんとした岸田くんの顔と目が合う。彼は大きく目を見開いたかと思うと。
「――や、やっぱり! そうだったんですね!?」
そう言って、走り出した。
慌てて私は彼を追う。ま、待て。なんで走る? どこへ行く? な、何を言うつもりだ?
私は運動も努力のお陰で苦手ではない。
すぐに追いつくと思っていたのだが、ぐんぐん距離を離されていく。……こいつ、早い!
「ま、待って岸田くん……ちょ、え? ……き、きし…………岸田っ! 待てや!」
私は叫ぶ。
もうとっくに夏は来ているはずなのに。
夏が始まるような、音がした。
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