第175話 これからの事を

 。それを覚えて、思わずうつむいた。俺の隣にいるライダルも、俺と同じような表情を浮かべている。俺達は自分の無力さ、無能さを呪った。「何が救うだよ?」と、怒った。たった一人の少女も救えないのに? 「この世界を救うなんて、ちゃんちゃらおかしい」と思った。俺達は自責の念にかられて、その場に思わず座りこんだ。「ちくしょう」

 

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう! 自分がもっと、頑張っていれば。彼女の心を救えたかも知れないのに? 俺達が感じた事はただ、「それができなかった」と言う無力感だった。俺達は地面の上を殴って、自分の頭を押さえた。「どうして?」と嘆くように。だが彼女だけは、ミュシアだけは、そんな俺達に「だいじょうぶ」と微笑んだ。彼女は傷だらけの身体を起こして、俺達の頬をそっと撫ではじめた。「二人のせいじゃない」

 

 そう言われても、うなずけなかった。彼女を救えなかったのは、どう考えても事実だからである。事実から目を背けるのは、自分の罪から目を逸らす事だった。俺達は彼女の手に触れて、その目をじっと見かえした。彼女の目は、見ほれる程に澄んでいる。


「二人はちゃんと、彼女に手を差しのべた。『そこは、暗い世界だ』と、そう彼女にさとした」


「でも……」


「それを拒んだのは、彼女の責任。彼女が自分の光から逃げた証拠。彼女には、自分の運命を変える好機があった」

 

 だからこそ、それを逃したのは彼女の責任。彼女が自分から、闇に隠れた責任である。それは俺も、恐らくはライダルも分かっていたが、それを素直にうなずけるだけの意識がなかった。俺達は自分でも「子どもだ」と言う理屈、「甘ったれ」と思える理論を振りかざした。「辛い人間を救えなかった俺達も、彼女と同じ人間だよ。彼女と同じ、復讐に生きる人間。自分の闇に苦しみ人間。『彼女を救えなかった』と言うのは、『自分も救えなかった』と言う事だ」

 

 ライダルも、それにうなずいた。ライダルは両目の涙を拭って、地面の上に目を落とした。「誰かに助けられた人は、他の誰かを助けなきゃならない。それが普通で、人の生きる意味だと思う。でも……」

 

 マティさんは、その続きを遮った。「そこから先は、言わなくてもいい」と言う風に。「『誰も彼も救う』と言うのは、お前の傲慢だ。人間には、限界がある。自分がどんなに頑張っても、それが叶わない事もあるんだ」

 

 ライダルは、その言葉に「ハッ!」とした。俺も、それに釣られた。俺達は共通の恩人を見つめて、そこにある種の威厳を感じた。「そう、かも知れません」

 

 これは、ライダル。俺も、それに「だな」とうなずいた。俺達は悔しい気持ちこそあれ、そこに不思議な感情を覚えはじめた。「彼女にまた合った時は、今度こそ助けてみせる」と言う思いを。俺達は燃えさかる町の中で、その新しい目標にうなずき合った。「一度や二度の失敗で、落ちこんでいられない。俺達にはまだ、やるべき事があるんだから」

 

 マティさんは、その言葉に微笑んだ。今度は、「よし、大丈夫だな」と言う顔で。「なら次は、目の前の事だ。目の前の不幸を取り除く。町の中にはまだ、今回の被害者達がいるんだ」


 俺は、その言葉にうなずいた。マティさんの言う通り、今は被害者達の救済が先決である。俺はマノンさんに動けない仲間を任せて、それ以外の仲間と共に救出活動、正確には町の救護隊に加わって、その仕事を手伝った。


 救護隊の仕事は、なかなか進まなかった。救護自体は進んでも、その二次被害が出ていたからである。瓦礫の中から人を助けるのも、病院の中に怪我人を運ぶのも、一人や二人の人数では足りない。十人以上の人が、それに加わらなければならなかった。俺は仲間達の手を借りて、その果てしない作業に動きつづけた。


 その作業が終わったのは、いつだろう? 正確な時間は分からないが、少なくとも一ヶ月以上、この事件が「事件」として感じなくなっていた頃だった。俺達は臨時の領主が決められる議会を眺めて、その結果に「まあ、妥当だろう」と呟いた。「領主の娘が、攻めてきたんだから。その親類に領主は任させられない。しばらくは、民の政治がつづく筈だ」


 俺は、その言葉に口を閉じた。「それが一番いい」と思う一方で、それが何だか苛々する。そもそもの原因は、アグラッドの因習である筈なのに。話し合いで領民達に統治の代理を任せたアグラッド家は、「自分達は、何も知らない。寧ろ、事件の被害者だ」と言う態度だった。俺はそれに苛立って、議会場の中から出てしまった。「ちくしょう」


 ライダルも、その声にうなずいた。ライダルもライダルで、彼等の態度が不満なようである。俺達はマティさんに「ちょっと出かけてきます」と言って、町の広場に向かった。町の広場には、たくさんの人が見られた。一ヶ月前の事件がまるで、一つの悪夢だったように。彼等は復興の進む町並みを見て、それに胸を痛めていた。


 俺は、その光景に怒りを覚えた。それが伝える理不尽に苛立ってしまったのである。俺はベンチの上に座り、ライダルも隣に座ったところで、町の人達をゆっくりと見わたした。


「情けないな」


 その返事は、無言。だが、同意を示す無言だった。


「すべての元凶を倒したのに」


「うん……」


 ライダルは暗い顔で、地面の上に目を落とした。俺も、彼の気持ちに倣った。俺達は自分の無力さにしばらく黙ったが、ライダルが俺に「ねぇ、ゼルデ」と話しかけると、その沈黙を破って、互いの顔を見合った。「なに?」


 ライダルは、その言葉に微笑んだ。まるでそう、何かを訴えるかのように。


「これからの事を話さない? 僕と君、これからすべき事を」

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