第174話 振り下ろされる刃

 驚きの登場だった。今の時宜になぜ、現れたのか? どんなに考えても、分からなかった。俺はヴァイン嬢が呆然とする前で、彼女の父親をじっと見つづけた。


 彼女の父親はそんな視線が気に食わないのか、俺達の前に歩みよった後も、不機嫌な顔で俺達の顔を見つづけていた。俺はヴァイン嬢の興奮を制し、相手の目を見たままで、相手に「どうして、来たんです?」と聞いた。「貴方はずっと、自分の館に隠れていた筈だ?」

 

 彼は、その質問に溜め息をついた。それも、かなりわざとらしく。俺が声を荒らげた時も、そうする理由を聞きながすようにして、俺の肩に手を乗せはじめた。彼は、俺の肩をぎゅっと掴んだ。「他人に任せたくはないからな? 娘の命は、自分の手で刈りたい。こんな雑草には、奴隷の死で充分だ」


 俺は、その一言に目を見開いた。こんなのおかしい。こんなの、父親の言葉ではない。(百歩譲って)貴族の体裁があるとしても、こんな言い方はあんまりだった。俺は彼に挑みかかろうといたヴァイン嬢を止めて、彼女の代わりに「ふざけるな!」と怒鳴った。「アンタ、人の市野を何だと思っている? こんなに多くの人を殺して、自分の娘さえも狂わせて。アンタは、人間の命に感謝がないのか? それを支える愛情にも」


 彼は、その言葉に呆れた。特に「愛情」の部分には、肩を上げる程だった。彼は娘の顔をチラッと見ると、面倒くさそうな顔で俺の目に視線を戻した。「愛情には、査定がある。こいつには、掛けるべきか? それとも、無関心を貫くか? 人間の愛には、そう言う損得勘定があるのだ。自分の地位を上げる存在、その品位を上げる物でない限り……そんなのは、言わないでも分かるだろう? 人間は、平等ではない。清き乞食が殺され、悪しき王家が生きる。『歴史』とは、それを裏づける資料ではないか? 人間は、正しいから尊ばれるのではない。その者が強いから、勝つから、偉いから尊ばれるのだ。それが物事の真理で、永久不変の原則である」


 俺は、その言葉に呆れた。が、マティさんはそれ以上に呆れたらしい。俺がマティさんの身体を立たせた時も、俺に「ありがとう」と応えただけで、その視線はずっと領主を睨んでいた。俺は、彼の横顔に眉を寄せた。「マティさん?」


 マティさんは、その声を無視した。領主の目をじっと見つめて。「かわいそうな奴だ」


 領主は、その言葉に眉を上げた。見ず知らずの人間にそう言われて、かなりイラッとしたらしい。


「どう言う意味だ?」


「言葉通りの意味だよ。お前は、偉い身分があるだけの乞食だ。外面の豊かさはあっても、内面の豊かさはない。乞食のように飢えている。目に見えるだけの世界を信じて、見えない世界を見ようともしない。アンタは、欲望の闇に落ちた獣だよ」


 それにライダルもつづいた。ライダルはボロボロの身体を何とか起こすと、俺の横に走りよって、領主の顔を思いきり睨んだ。「その通りです。貴方は、本当の人でなしだ。自分の娘を娘とも思わない、本当に冷酷な鬼です。これじゃ、彼女も怒りたくなる。因習の意味も分からないで、その表面をただ弄るだけなんて。普通なら壊れてしまいますよ。こう言う状況を作ったのは、彼女が確かに悪いです。でも、その元凶は貴方だ。貴方がもっと、彼女の事を大事にしていれば」


 領主は、その言葉に目を細めた。僅かな苛立ちもあったろうが、それ以上に呆れているのが分かる。ライダルが彼に「何がおかしいんです!」と言った時も、それに「世間知らずのガキだな」と言いかえしていた。領主は自分に意見を述べた二人、冒険者の二人に溜め息をついた。


「力は、人格に勝る。人格がどんなに優れていようと、それは力あっての事だ。その根拠があって、初めて成り立つものだ。力なき者の主張は、鳥達の囀りと同じ。ただ、『ピー、ピー』と喚いているに過ぎない。お前達はただ、こちらの意見にうなずけばいいのだ。こちらの意見にうなずいて、それに従えばいいのだ。自分が自分である事を捨てて、ただ力ある者に妄信すればいいのである。それに最大の幸福を感じて、な? 権力者に傀儡になっていればいい。それが弱者の生きる意味、この世に生まれた理由だ。弱者は一生、強者の気まぐれに従わなければならない。自分の父も、祖父も、そう言う風にして生きてきた」


 だから、自分も同じように生きる。同じように生きる権利が、自分にはある。端から見たら、ただの痛い人間だが。権力を絶対視する彼には、それが常識であり、そこから外れた価値観は非常識だった。偉い人間は(その地位が許す限り)、相手に何をしても許される。


 彼は「それ」に泣きくずれる娘を無視して、マティさんとライダルの顔を睨みつけた。「不遜な輩は、生きるに値しない。お前達の事は、ギルドにもしっかりと伝える。『その権力をもって、彼等の命を奪え』とね? それが、お前達の不敬罪だ」


 俺は、その言葉に「プツン」と来た。魔物の連中が「それ」に苛立つ中で、俺もその傲慢さに腹を立てたのである。俺は周りの全員が殺意を抱いている中、領主に向かって剣を振りあげようとしたが、マティさんに「止めろ」と止められてしまい、振りかけた剣を思わず下ろしてしまった。「マティさん?」

 

 彼は、その言葉を無視した。何かの決意を固めたように。俺の剣を制して、領主の前に歩みよった。マティさんは、領主の身体に剣を振りおろした。「こう言うのは、俺がやる。お前の手は、人の血で汚れちゃならない」

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