嬢38話 父親(※一人称)

 一体、何が起きているのでしょう? あの状態から、今にでも倒れそうな状態から、こんな風に立ちあがるなんて。俄には、信じられません。正直、「うそ?」としか思えませんでした。


 私の仲間達を(それも、覚醒状態である仲間達を)こんなにあっさりと倒してしまうなんて。「驚くな」と言う方が、無理な話でした。彼は私がその事実に震えている間も、私の仲間を次々と倒し、その戦意も次々と奪って、私の前にゆっくりと近づきました。「終わりだ」

 

 そう言ってまた、私に「終わりにしよう」と言いました。「こんな復讐なんて。貴方の魂が、損なわれるだけだ。貴方はもっとまぶしい、光の世界に生きなきゃならない。だから」

 

 彼は私の前に剣先を向けて、その目をじっと睨みました。私が「それ」に怯むのを知っていたかのように。「復讐に生きるのは、俺だけで充分だ」

 

 私は、その言葉に目を見開きました。彼もまた、「復讐に生きている」と言う事実に。今までの怒りを超えて、それに驚いてしまったのです。私は「それ」に苛立ちましたが、彼が「自分の同類だ」と分かると、今度は「それ」に対する憤り、復讐への否定に苛々しはじめました。


「充分では、ありません。復讐は、誰に対しても平等です。貴方が良くて、私が悪いわけはありません。私にも、復讐の権利があります。私の人生をこんな風にした」


 彼は、その言葉を遮った。私がそう言った瞬間、それに「違う」と叫んで。私の主張自体をすっかり否めてしまったのです。私はそんな彼の態度に苛立ってもなお、自分の意思を貫く思いで、彼に「違わなくありません」と怒鳴りつづけました。


 ですが、それもやはり聞き入れない。私の意見は「おかしい」として、頭から否定しに入ったのです。彼は自分の剣を下ろすと、悲痛な顔で地面の上に目を落としました。


「復讐は、生きる糧になる。糧になるけど」


「なんです? 貴方も、それにすがっているんでしょう? 自分を立たせる支えとして。貴方も、いえ、貴方は! 私以上に復讐を望んでいる筈です。『こんな世界は、終わらせたい』と。なら!」


「君を責めるのは、おかしい。相手の復讐に正義があるなら、それを黙って見ているべきだ?」


「そうです! それが相手への礼儀、復讐者への礼節です。正義の復讐は、『是』とされるべき。それが世界の真理で、正義の本質です」


 彼は、その言葉に黙りました。町の家々がパチパチと燃える中で、それに何かを考えていたのです。彼は自分の足下をしばらく見ましたが、やがて私の目に視線を戻しました。「あの中で燃えている人は?」


 そう言って、町の炎を指さしました。私もじっと、その光景を見つめます。「どう、思っているのかな? 家族や友達が殺されて、どう? あの人達は、君を恨んでいないかな?」


 私は、その言葉に溜め息をついた。それが言わんとする事が分かったからです。「知りません。それに知ったところで、どうにもなりませんし。復讐は、強者の特権です。業火の中から立ちあがった者に与えられる、神からの特権。本当に強い者だけが許された、悪魔的特権です。


 悪魔の前では、どんな力も無意味。それがたとえ、どんなに理不尽でも。弱い人間は、『それ』を受けいれるしかない。私は自分への復讐を撥ね除け、相手への復讐を許された悪役令嬢なのです」


 彼は、その言葉に震えました。恐らくは、それに怒りを感じて。私が彼の目を睨んだ時も、それを黙って見つめていました。彼は両手の剣に力を入れて、私の前にそっと近づきました。


「ヴァイン・アグラッド」


「なんです?」


「貴女は、危険だ。危険で、身勝手だ! 自分の復讐に無関係な人を巻きこんで! 貴女は、相手の人生を壊す悪魔だ」


「私が、悪魔? 相手の人生を壊す?」


 冗談じゃない。壊されたのは、私の方です。私が大事にしていた物を、「人」として生きようとした気持ちを。それを壊したのは、あの因習を是とした者達です。私はただ、それが許せないだけ。それを知っているくせに何もしなかった、この愚かしい町の人々です。


 彼等がもし、「それは違う」と叫んでくれたら。私もきっと、こんな馬鹿な真似はしなかった。私をこんな風にしたのは、それを取りまくすべての人達です。私はそんな自分の境遇を思って、彼の理屈が「いかに用地であるか?」を思いました。「優等生の言葉です。以前の私なら『うん』とうなずくでしょうが、今の私には通じません。貴方の言葉が、ただただ不快なだけです」

 

 彼は、その言葉に頭を掻いた。今の言葉を聞いて、心底ガッカリしたのかも知れません。彼の気持ちは推しはかれませんが、彼が「そうか」と呟いた声、何もかもを諦めたかのような顔からは、その失意が感じられました。


 彼は自分の剣を振りあげて、私の身体に斬りかかろうとしましたが、そこに思いも寄らぬ人間が一人。私のよく知る人間で、今の私が最も会いたい人が現れました。彼は私の「え?」も手伝って、その顔をまじまじと見はじめました。「貴方は、ここの?」

 

 そう、領主様です。私が殺したい相手、私のでした。

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