第173話 冷たい殺意

 不思議な感覚だった。今までの覚醒とは違う、謎の感覚。自分の戦意が高まるような高揚感。それが体中の力をみなぎらせて、傷の痛みはもちろん、疲れの方もすっかり忘れさせてしまった。


 俺は右手の杖を振りまわして、は違うか? 杖は杖だが、もう杖ではない。通常の覚醒で現れる、槍でも。俺が右手に握っていた物は、杖の形から変わった武器、かつての自分が使っていた剣だった。剣の表面には不思議なオーラが浮かんで、それらが刀身すべてを包みこみ、その剣に奇妙な力を与えていた。

 

 俺は、その力に震えた。そこに覚える感覚が、あの超剣士と同じだったから。それとまったく同じでなくても、その不思議な感覚に驚いてしまった。俺はかつての感覚、かつての経験、かつての戦意を思いだして、一体複数の戦いにまた挑みはじめた。


 戦いは、静かだった。物理的な音は別にして、その呼吸は落ちついている。相手が振りあげた剣にも、ある種の「静」を感じていた。見かけ上では動いていても、感覚としては止まって見える。相手がそれを振りまわした瞬間、その軌跡が自然と分かる。背後から襲ってきた敵にも、その気配を感じる事で、相手の剣をすぐに捌けた。

 

 俺は、その感覚に「殺」を感じた。どんな状況でも成し遂げる、強い殺意を覚えた。俺は「それ」に従って、目の前の敵を倒しつづけた。「遅い」

 

 遅い、遅い、遅い。遅すぎる。相手も覚醒技を使っているようだが、俺の状態よりもずっと遅く感じた。相手が剣を振りあげる瞬間も分かるし、それが振りおろされる瞬間も分かる。「そこからどう動くのか」と言う軌道も、剣の流れを見切る事で、難なく躱す事ができた。


 俺は「好戦組」と呼ばれる連中を倒すと、次に大人しそうな連中、その次に暗そうな連中を倒した。「全員、瀕死だ。即死ではないにしても、早々に復活はしないだろう」


 残りの敵は、その言葉に打ちふるえた。それに怯えたのは、分かる。が、それ以上に「ああん?」と怒っているようだった。彼等は自分達の後ろにヴァイン嬢を引っ込めて、俺の方にまた突っ込みはじめた。だが、それも無駄な足掻き。結末の分かる、虚しい抵抗である。


 彼等は最初こそ調子よく攻めたが、俺が敵の武器を弾いてしまうと、弱そうな奴から順に、でも確実に「うっ」と怯んだり、「くっ」とよろめいたりした。「ちくしょう、なんて強さだ! こっちの攻撃が、一発も決まらないなんて? アイツは、本当の実力を隠していたのか?」


 俺は、その言葉に眉を寄せた。それは、見当違いにも程がある。そんな力があるなら、最初から全力疾走だ。町の人々を守るために、それこそいの一番に使っている筈である。「戦い」と言う物に美学を求めない俺だが、そう言う信念的な物は、最大級に守りたかった。


 俺は自分の力に確信を持つ一方、相手の行動にまた怒りを覚えはじめた。「お前達のせいで、こうなった。お前達は、世界の害悪だ。害悪は、野放しにできない。ここで、一気に始末してやる。それこそ、一人残らず確実に。お前達は、それだけの事をしたんだ」

 

 彼等はまた、俺の言葉に打ちふるえた。特にヴァイン嬢は、今の言葉に震えあがっている。俺はそんな恐怖を無視して、彼等の方にまた刃を走らせた。刃は、恐ろしい程に走った。相手の命こそ奪わないが、一撃、一撃が敵の急所を突いているようで、俺が何かしらの部位に当てると、それに伴って「重い」、「苦しい」、「痛い」と叫んでいた。

 

 俺は、それらの声を聞きながした。彼等がそう叫ぶ裏で、町の人達も「痛い」、「苦しい」と叫んでいる。「自分達はどうして、こんなに遭うんだ?」と、そう悲しげに叫んでいる。瓦礫の下に倒れている人は別だが、自分の意識をまだ失っていない、痛みの中で藻掻いている人は、みな揃って「助けてくれ!」と叫んでいた。

 

 俺は、その声に胸を痛めた。彼等は何も悪くない、悪くないのにどうして? こんな苦しみを味わわなければならないのか? 俺にはヴァイン嬢の過去を知ってもなお、その怒りがどうしても抑えられなかった。自分の怒りに任せて、他人を苦しめてどうする? 君の復讐は、君だけの物ではないか? 俺は冷たい殺意に熱い怒りを混ぜて、ヴァイン嬢の身体に斬りかかろうとした。

 

 だが、そこに一人。少年達の頭目と思われる少年が、俺の剣に「させない!」と挑んできた。彼は自分の後ろに彼女を下がらせると、真剣な顔で俺の目を睨みかえした。「彼女の恨みはまだ、晴らされていないから!」


 俺は、その言葉を無視した。「ハルバージ」と呼ばれる、少年の声を。


「そのために人が死んだ。関係ない人達が、大勢」


「死のうが関係ない。肝心なのは、『彼女の復讐が正義』と言う事だ。正義の前では、あらゆる犠牲が許される。君が戦っている理由も、結局は同じだろう? 自分の復讐心、あるいは、功名心を糧にして。『戦う相手が魔族』と言う以外は、君も俺達と同じだ。俺達と同じ殺人者だ。殺人者が同じ殺人に文句を言うなんて、端から見ても滑稽だよ。正義は、勝者にだけ微笑むんだ」


 俺は、その言葉に切れた。それに守られている、ヴァイン嬢にも切れた。俺は真っ黒な殺意に任せて、相手の剣を叩きつぶした。

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