第172話 新しい力

 消失感に襲われた。仲間の未来も、そして、自分の未来も消えたような消失感に。今も燃えつづける町の様子を見て、その真っ暗な虚無感を覚えてしまった。自分にはもう、仲間はいない。「仲間」と思っていた人達は、その意識を失っている。彼等がまだ生きているのが幸いだったが、それでも倒れている事に変わりはなかった。

 

 俺は、敵を睨んだ。敵を睨んで、自分の魔力を解きはなった。俺は「勝つ」とか「負ける」とか、そう言う次元を越えて、相手のところに突っ込んだ。「くそっ!」

 

 相手の一人に殴りかかった。それからすぐ、近くの敵にも杖を振った。俺は自分の身体から絞れるだけの魔力、出せるだけの魔法を出しつづけた。だが、所詮は無謀。言葉通りの多勢に無勢。俺がどんなに足掻いたところで、相手がそれに怯むわけもなく、俺の身体をボコボコにして、それから地面の上に叩きつけた。「ぐっ、あっ!」

 

 俺は、敵の攻撃に悶えた。敵の攻撃を受ける瞬間、それに結界を張らなければ即死の領域。それだけ激しい、厳しい攻撃だったのである。俺が「ゴンバ」とか言う敵の攻撃をしのいだ時も、その隙を「見のがさない」として、「ユーディン」とか言う奴が俺の身体に蹴りを入れてきた。俺は、その痛みに血反吐を吐いた。「がはっ!」

 

 敵は、その様子に喜んだ。特に彼等の首領、ヴァイン・アグラッドは「クスクス」と笑っていた。彼等は俺が地面の上から立ちあがった後も、楽しげな顔でその様子を眺めつづけた。

 

 敵は、その様子に喜んだ。特に彼等の首領、ヴァイン・アグラッドは「クスクス」と笑っていた。彼等は俺が地面の上から立ちあがった後も、楽しげな顔でその様子を眺めつづけた。「ふぅん、まだ立てるのね? あれだけの攻撃を食らったのに?」

 

 俺は、その言葉を無視した。それを聞く余力も無かったが、それ以上に頭がクラクラしていたからである。それから相手の顔を睨んだ時も、額から流れる血に視界を奪われたのか、あるいは、頭の痛みに「ぼうっ」としてしまったのか、視界そのものがぼやけてしまった。俺は自分の頭を何度か叩いて、はっきりしない自分の意識を叩き起こした。


「倒れられるわけ、ないだろう?」


「うん?」


「お前を止めなきゃ、町の人が苦しんじゃうから。俺は何があっても、倒れられない!」


 ヴァイン嬢は、その言葉に溜め息をついた。それに心から呆れるような顔で。「みじめね、本当にみじめ。あんな連中のために命を張るなんて。私には、まったく分からないわ。愚者は、愚者のままに死ぬべき。アイツ等は、この世の生きていちゃいけない連中よ?」


 周りの少年達も、その言葉にうなずいた。彼等は少女がそう言うように、この町に対して「慈悲」も「慈愛」も持っていなかった。「確かにね。そもそも、人間なんてそんなモノだし。よほどに高尚な人間以外は、みなこうなって然るべきだ。地獄の業火に焼かれるべき」


 俺は、その言葉に血が上った。それ故に「ふざけるな!」と叫んでしまった。俺は崩れかけた自分の体勢を戻して、相手の方にまた向きなおった。相手は今も、俺の姿にほくそえんでいる。「死んでいい命なんてない! それが、どんな、命、でも!」


 ヴァイン嬢は、その言葉に首を振った。その言葉にどうやら、「やれやれ」と思ったらしい。「なら? 魔王様は? 魔王様の命を奪うのはいいの?」


 俺は、その言葉に押しだまった。それに「もちろん」と言いかけた寸前、その言葉自体を飲みこんでしまったからである。俺は自分の足下に目を落として、彼女への反論を必死に探しつづけた。「分からない。分からないけど、でも」


 彼女は、その言葉に声を荒げた。それを聞いて、かなり怒ったらしい。「なに? 結局、分からないんでしょう? 『どんな命も奪っては、ダメ』と言うなら、冒険者のそれも外道じゃない? 会話や服従で、平和を掴むわけでもなく。『戦い』の意思を選んだ時点で、貴方も私達と同じよ?」


 俺は、それに苛立った。特に「自分達と同じである」の部分、これには思いきり怒ってしまった。俺は自分でも抑えられない感情、身体の奥から湧きあがる力を感じて、体中の痛みをすっかり忘れてしまった。


「違う」


「え?」


「俺は、俺達は、違う! お前のような、私怨で動くような奴とは。俺は俺も含めた世界、そこに生きる人達の命を」


「守るため? それこそ、戯れ言だわ。人間は、他人のためには生きられない。どこまでいっても、自分のためにしか生きられないの。その人自身が、どんなに善人でもね? 利己主義からは、逃れられない。貴方がこうして、私と戦っている理由も」


「同じだ。同じだけど、同じじゃない! 俺には」


 そう、守る者が。


「守らなきゃならない世界があるんだ! 自分の生きる世界を守りたい。そこに生きる人達を救いたい! 俺は、自分のためだけに生きる。そんなわけにはいかないんだ!」


 死んでいった人達のために、そして、これからを生きる人達のために。


「この腐った世界を絶対に」


 終わらせなきゃならない。


「俺はそのために生き、そのために死ぬんだ!」


 俺は、自分の感情を解きはなった。それと共にあった、新しい力も解きはなった。俺は「意識」と「無意識」を合わせて、その計り知れない力を解きはなった。「覚醒の二、滅!」


 すべてを焼き尽くす業火、今までの覚醒を越える覚醒。それに意識を任せて、敵の集まりに突っ込んだ。俺は左右から攻めてきた二人の敵を吹き飛ばして、残りの敵達も思うままに倒しはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る