嬢37話 悪役令嬢(しょうじょ)、覚醒(※一人称)

 しつこい相手です。最初は数の不利に苛立っていただけでしたが、「相手がそれなりに強い」と分かると、それ以上の怒りを覚えてしまいました。相手は、必死に抗ってくる。「私達の攻撃を止めよう」と、全身全霊で挑んでくる。私の前に現れた新しい敵達もまた、そんな気持ちを抱いているようでした。


 私は、その気持ちに腹立った。腹立った上に許せなかった。私は彼等の妨害行為、その奥にある意図らしき物がどうしても許せませんでした。「なぜです? なぜ?」

 

 ゼルデ・ガーウィンは、その言葉に叫びました。言葉の色を遮って、そこに自分の色を重ねるように。彼は強化魔法らしき物を使って、私の事をじりじりと追いこみました。「止めさせたいからだよ! こんな」

 

 下らない事。そう言い切る彼が許せなかった。そこからつづく、彼の説得も許せなかった。彼は(何らかの経路で)私の過去を知ったせいか、私が彼に怒鳴り返してもなお、真剣な顔で私に「それでも!」と叫びつづけました。「こんな事をしちゃいけない。自分の故郷を滅ぼすなんて! 君は、本当は!」

 

 私は、その声を無視しました。そんな声を聞いても、仕方ありません。彼の声がどんなに温かろうと、今の私には無駄、本当に無意味な事だったからです。たった一人の言葉に揺れて、自分の復讐を諦めるわけがありません。


 私にはそれすらも越える、憤怒があるのです。私は私の心、この湧きあがるような気持ちに従って、目の前の少年を思いきり罵りました。


「他人の正義などウンザリです。自分は安全なところにいて」


「説教? ふざけるな! 俺は、そんな風に」


「しているじゃないですか? 自分は『正義』の立場にいて、この私を『悪』と決めこむなんて。文字通りの傲慢です! 私の正義は、他人から否まれるモノじゃない!」


 私はそう叫んで、相手の杖を捌きました。相手に自分の力を思いしらせるように。「貴方はただ、私の正義を見ていればいいんです。『一人の冒険者』として、私の正義を!」


 彼は、その言葉に首を振った。それだけではなく、私に「ダメだ」と言いかえしすらした。彼は自分の背後から迫ってきた攻撃を躱して、私にはまた攻撃を仕掛けました。「それを受けいれるわけには、いかない。君の未来を守るためにも! 君は、自分の運命に負けてもいいのか?」

 

 私は、その一言に口を閉じました。言っている意味が分かりません。自分の運命にはもう、充分に打ち勝っている筈です。この町に戻ってきた時点で、それは九割方叶っている筈でした。私は彼の考えている事、特に「運命」の部分に対して、言いようのない嫌悪感を覚えました。


「理解に苦しみますね? 私の復讐は、もう」


「果たしちゃいけない。君は、あんな人間のために」


「怒って悪いんです? こんな時代に、あんな因習を繰りかえす家に? 私には、とても分かりません。私はただ、人間の正義を見せているだけです。悪を潰して、善を尊ぶ。私がこの町に戻ってきたのは、その善に従ったからです。善は、人の心を揺り動かす。悪は、その善に屈しなければならない!」


 彼は、その会話に震えました。恐らくは、怒っているのでしょう。私がそう叫んだ言葉に「ふざけるな!」と怒鳴っていました。彼は敵の攻撃を受けてもなお、ボロボロの身体を起こして、私の前にじりじりと歩みよりました。そして、私の胸倉を掴んだ。「君が、その悪になってどうするんだ? こんな事をやって、大勢の人を不幸にして! 君は、多くの人を不幸にした大罪人じゃないか!」


 私は、彼の言葉に呆れました。彼の言葉は、甘すぎる。表面上では(確かに)正しい事を言っていますが、それには深みはありません。幼い子どもが自分の親から叱られた事を、そっくりそのまま繰りかえすような感じでした。


 私は、彼の程度に肩を落としました。「浅い人間ですね、貴方は。大人の美辞麗句を並べて、相手に『それを分からせよう』とする。説教の好きな大人がやる事です。私は、そんな大人を認めない。他人の苦しみに方程式を入れるような大人は」


 彼は、その続きを遮った。まるでそう、私の言葉を心から否めるように。私のすべてに「違う!」と言っては、その鋭い目を向けてきました。彼は私の胸倉から手を放して、その後ろにそっと下がりました。「美辞麗句なんて並べていない。俺はただ、自分の過去を叫んだだけだ。自分の過去を叫んで、その虚しさを伝えただけで。復讐は……自分の生きる糧にはなるけれど、それを生き甲斐にしちゃいけない。そこに光を見いだして、自分の未来を灯さなきゃならない。君は自分の闇に甘えて、その光から目を逸らしているだけなんだ」

 

 私は、その言葉に「カチン」と来ました。それも、ただカチンと来たわけではなく。今までに感じた事のない怒り、悲しみ、憤りを覚えて、その奥から激しい力を感じたのです。私はその力に従って、目の前の少年を吹き飛ばしました。


「知った風な事を言うな!」


 お前なんかに何が分かる。


「私は」


 自分の中で何かが目覚める感覚、それを直感で感じました。


「正しい」


 力が膨れました。それに合わせて、ハルバージも「覚醒?」と叫びました。私はどうやら、自分の真価を目覚めさせたようです。ハルバージの使う覚醒状態に私も目覚めたようでした。

「誰がなんて言おうと」


 私は、私の悪を貫く。悪役令嬢の名に倣って、その道を「突き進もう」と思いました。私は「ニヤリ」と笑って、相手に剣の先を向けました。「

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る