裏32話 救われない復讐(※三人称)

 人間と魔族の激突。そう表すだけなら簡単だが、実際は「それ」よりもずっと複雑だった。人間と魔族が入り乱れて、その戦いを繰り広げる光景。「一対一になる」と見せかけて、すぐに「連係攻撃」となる光景。それらが少年の一呼吸、呼吸と呼吸の間に何度も繰りかえされていた。

 

 ライダルは、自身の敵と向きあった。彼の敵は、「ハルバージ」と言う魔物の少年。周りからは、「軍団の統率者」と見られているような少年だった。ライダルは彼の攻撃に備えて、自分の剣を構えた。彼の剣は、敵との応戦でややボロボロになっている。「止めろ! こんな事をしたって!」

 

 ハルバージは、その言葉を無視した。正確には聞きながしただけだろうが、ライダルがあまりに甘い態度を見せるので、それに「情けない」と思ったようである。彼の剣に応えた刃も、「彼への怒り」と言うよりは、その哀れみに近かった。ハルバージは金色の剣を光らせて、彼との距離を一気に詰めた。「意味は、ある。彼女がこれを望んでいる以上は。俺達も」

 

 ライダルは、その言葉を聞きながした。本当はすべて聞いていたが、ハルバージの一撃がとても強かった事と、彼自身が敵の攻撃に「ふざけるな!」と苛立ってしまったからである。ライダルは敵の剣を何とか捌いて、その距離も何とか離した。「手強い!」

 

 それは、マティも同意見だった。マティはライダルと共にハルバージと戦っていたが、ライダルが繰り出す攻撃はもちろん、自分の攻撃すらも相手に捌かれていたので、ライダルほどではないにしろ、それなりの苛立ちは覚えていた。「ああ、確かに。コイツは、手強いな。他の連中も強そうだが、コイツの場合は特に強い。俺達の攻撃を見事に防いでいる。二つの剣を同時に相手しながら」

 

 それでも、押されない。二人の剣が飛んでくれば、正しい順番で「それ」を捌いてしまう。マティが彼の背後を取った時も、その殺気をすぐに察してか、自分の前からライダルが襲ってきたにも関わらず、彼の攻撃も防いで、マティの攻撃も見事に防いでしまった。


 マティはそんな光景に「チッ」と苛立ちながらも、ゼルデの方がやはり気がかりで、相手の攻撃をすぐに躱すと、真剣な顔でゼルデの様子をチラリと見た。


 ゼルデは敵の総大将たるヴァイン・アグラッドに攻撃を仕掛けていたが、彼女自身がある程度に強かった事と、周りの援護がとんでもなく良かったせいで、その決定打をどうしても打ちこめずにいた。


「アイツも、厳しいか。しかし」


「マティさん!」


「分かっている、アイツが勝利に一番近い。この馬鹿騒ぎを止める」


 ハルバージは、その言葉を遮った。二人の思考を「プツリ」と切るように。「馬鹿騒ぎじゃない」


 マティは、その言葉に眉を上げた。それに何かを感じるような顔で。


「なに?」


「これは、復讐だ。彼女の無念を晴らす復讐、文字通りの報復戦。彼女の戦いを阻む者は、誰だろうと許さない。それがたとえ、絶望から這い上がった者でも」


 マティは、その言葉に眉を寄せた。ライダルも、彼と同じ反応を見せた。二人は今の発言に苛立ちを見せたが、やがて「弱いな」と呟きだした。「自分の運命に負けている時点で」

 

 ハルバージは、二人の発言に怒った。特にマティの言った、「自分の運命に負けている」の部分。これには。震える程に怒ってしまった。彼は二人の剣を捌いて、その瞳をじっと睨みはじめた。「調子に乗るな! 君達に何が分かる? 貴族の因習に捕らわれた」

 

 ライダルは、その言葉を遮った。彼自身の過去を振りかえるように。


「過去なんて分からない、彼女がどんなに苦しかろうと! それに抗わなかったのは、彼女だ。自分の過去を憂えて、それを間違ったのは彼女だ。誰の所為でもなく」


「黙れ!」


「黙らない!」


「なっ!」


「黙るわけにはいかない。僕もずっと、自分の運命に苦しんできたから。悲しい過去がある人を放ってはおけない。僕は、呪いを解きたいんだ」


「呪い? そんなモノは」


 ハルバージは、ライダルの剣を防いだ。ライダルが「あるよ!」と叫ぶ声を無視して。


「うるさい! 彼女は今、自由だ。自由に」


「自由なわけがない! 彼女はきっと、今も自分の呪いに苦しんでいる。こうなってしまった、自分の呪いに。彼女は……本当は、こんな事なんてしたくないんだ! 自分の故郷を滅ぼそうとなんて! 普通は、自分の故郷を大事にする!」


 ハルバージは、その言葉に黙った。それが意味する、相手の心情にも押された。彼はマティの動きを窺いつつも、真剣な顔で目の前の少年と向き合いつづけた。「君は、自分の故郷を滅ぼされたのか? 俺達に?」


 その答えは無言、「そうだ」と伝える思い沈黙だった。


「哀れだな」


「うん……。だから、止めさせたい。誰も救われない復讐を! 彼女には、『復讐』とは違う世界に生きて欲しいんだ!」


 ハルバージは、その言葉に胸を打たれた。敵が彼女を思う気持ちに思わず怯んでしまったようである。彼は敵の甘さにうんざりしたが、それがどうしても頭から離れなかったようで、ヴァイン・アグラッドの方を思わず見てしまった。


 彼女は味方の援護を受けつつも、ゼルデ・ガーウィンとの戦いに全力を出している。


「君達の厚意は、嬉しい。でも、それで『救われる』とは限らない。人間の業に苦しめられた、彼女の心が」

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