嬢36話 愛する人(※一人称)

 正直、「勝てる」と思いました。敵の冒険者達もあらかた倒して、「残りの彼を倒せば、終わりである」と、そう内心で思っていました。「彼の喉元に剣を突き刺しさえすれば」と、そう心の奥で思っていたのです。


 が、その期待は裏切られた。「ライダル」と名乗った少年によって、その勝利を阻まれてしまった。彼の仲間には、その仲間達らしき姿も見られます。彼等と私達と同等の、あるいは、それ以上の戦力を有しているようでした。

 

 私は、その光景に眉を上げました。それに怯えたからではありません、モルノ君から言われた「撤退」に苛立ったわけでもない。ただ、新しい敵にイライラしただけです。「敵がどうして増えるのか?」と、そう無言の内に苛立ってしまったからでした。


 私は自身の苛立ちに従って、周りの仲間達に叫びました。「あんなのは、増援に入りません。みんな、叩きつぶして」

 

 しまいましょう。そう言い切ろうとした私ですが、敵の男に「それ」を遮られてしまいました。男は愛用(と思われる)大剣を振るって、少年達の前にそっと近づきました。「潰されるのは、お前達だ。町の中をこんなに荒らして」

 

 私は、その言葉に震えました。言葉の内容自体は普通でも、その声に怒気が込められていたからです。私は「それ」に覚えて、ハルバージ君の後ろに思わず下がってしまいました。「そ、そんなのは、貴方達に関係ないでしょう? これは、私の戦いです。私の戦いをどうしようが」

 

 それを遮る、「ライダル」と言う名の少年。彼は真っ黒な目で、私の目を睨みました。「勝手なわけがないだろう?」


 私は、その言葉に目を見開きました。言葉の意味は、分かります。ですが、それに「うん」とはうなずけません。彼の主張に従う事も、今の私には無理な事でした。私は仲間の後ろに隠れて、そこから例の少年に話しかけました。「うるさい。貴方に一体、『何が分かる』と言うんです。私の心を打ち砕いて、その相手はのうのうと生きている。下克上が当たり前な世の中では、いの一番に滅ぼされているでしょう。私の家族は、私にそれだけの事をしたんです!」


 少年は、その言葉に押しだまりました。それを聞いていたゼルデも、彼と同じように黙りこんだ。二人は私の顔をしばらく見ましたが、少年が私に「悲しいね」と言うと、ゼルデもそれにつづいて「ああ、本当に。自分で自分の人生を壊しているんだから」と言いました。「君は、本当に被害者だよ。潰す価値も無い人を潰して、挙げ句は魔族の仲間になるなんて。悲しい以外にない。君は、正真正銘の被害者だ」


 私は、その言葉に「カチン」と来ました。そんな風に言われるのは、私への侮辱です。同情のフリをした、私への嘲笑です。被害者の復讐を否めるなんて、まともな人間ではありません。正直、今すぐにでも殴りたい気分でした。私はその感情を広げて、周りの仲間達に命じました。「殺して」


 一人残らず、「殺して。彼等は、恥ずべき背徳者です。背徳者には、地獄を見せなければなりません。だから!」


 仲間達は、その命に応えました。特に好戦組は私の命令が嬉しかったのか、ボーノ君の例外を除いて、彼等に「そう来なくちゃね!」と襲いかかりました。「こう言う偽善者には、正義を教えてやらないと!」


 少年達は、その声に怯まなかった。声の数がどんなに多かろうと、彼等にはそんなの関係なかったようです。好戦組が彼等に剣を振りおろした時も、それに怯えるどころか、反対に「やらせるか!」とやり返していました。彼等は冒険者の雰囲気よろしく、敵の強さなどまったく無視して、こちらの剣戟には剣戟を、打撃には打撃を、空襲には空襲を返していました。


 ですが、流石に大人数です。最初は良い具合に抗えても、その戦力差に無理が出てくる。目の前の一撃は防げても、次の二撃目には吹き飛ばされる。彼等は(恐らくは全力でしょうが)自分の力を解きはなってもなお、この状況を覆せませんでした。

 

 私は、それが嬉しかった。「絶対の窮地に仲間が現れたから」と言って、その不利を引っ繰り返せない事も嬉しかった。私はチェスの差し手が相手を追いこむのと同じく、絶対の勝利を信じては、彼等の前に一歩、また一歩と、自分の駒を進めました。


 ですが、それを止める手が打たれる。私の知らないところで、私が驚く一手を打たれる。町の風がふっと吹いたように。その一手を見事に打たれてしまいました。私は「それ」に驚いて、自分の周りを見わたしました。


「そ、そんな! いつの間に?」


「透明化のスキルです」


 そう囁いたのは、少年達の前にふわりと現れた少女でした。少女は二人の仲間なのか、ゼルデが彼女に「ミュシア?」と驚く前で、その二人を守りはじめました。


「敵から自分達の存在を隠す、スキル。この人数では、そう長くは使えないけれど。貴方達の前に近づくだけなら充分」


 少女は「ニコッ」と笑って、自分の後ろを振りかえりました。彼女の後ろでは、ゼルデがその登場を驚いています。「やっと会えた、ゼルデ。私はずっと、貴方の事が心配だった」

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