裏31話 己が使命(※三人称)

 信じがたい光景だった。様々な経緯を経てようやく辿り着いた町が、何者かの襲撃を受けていた。町の防壁が壊され、その中から轟音が聞こえる光景。人々の悲鳴に混じって、炎が弾ける光景。少年も今まで様々なモノを見てきたが、ここまで悲惨な光景は、彼が知る中でもそんなに多くはなかった。ライダルは町の様子をしばらく見ていたが、人々の悲鳴に「ハッ!」として、そこから勢いよく走りだそうとした。だが、「待て」

 

 マティにそれを止められてしまった。マティは彼の肩を引っぱって、自分のところに彼を戻した。「考えなしで行くな。下手に動くと、二次被害に繋がる。今は、情報の収集が先だ」

 

 ライダルは、その言葉にうつむいた。本当は「それ」を振りほどきたかったが、マノンからも「そうしましょう。貴方まで死なれたら、困るわ」と言われた以上、それに「分かりました」とうなずくほかなかったからである。


 ライダルは彼の言葉に従って、(仲間の少女達も同じだが)人々の避難に力を尽くし、その一方で人々から「何があったんですか?」と聞きつづけた。「これだけの被害、ただの襲撃ではないでしょう?」

 

 人々は、その質問に息を切らせた。質問のそれ自体には答えてくれたが、事態の緊急性に心身が追いつかなくて、それに答える時も「うっ、う」と唸ってしまったからである。彼等は自分の落ちつける場所まで逃げて、それから彼に「実は」と話しはじめた。「魔物が襲ってきたんだ、この町に」

 

 ライダルは、その言葉に眉を寄せた。それは彼にとって、ある種の恐怖だったからである。


「敵の数は?」


「分からない。気づいた時にはもう、町の中に入っていたから。俺達は、それに逃げただけ」


「町の兵士達は?」


 その答えは、「ほぼ全滅」だった。「最初は何とかなったが、相手の魔物が強すぎる。守りの薄いところを攻められて、そこからあっと言う間に」

 

 青年は、その続きに押しだまった。本当は話したいのだろうが、襲撃時の恐怖を思いだして、そこから先がどうしても言えなくなったらしい。ライダルの「大丈夫ですか?」に「だいじょうぶ」と声からも、彼の不安や恐怖が窺えた。彼は自分の顔を覆って、その場に「うっ」とうずくまった。「疲れた。少し、休ませてほしい」

 

 マティは、その言葉にうなずいた。彼の様子が芳しくない以上、これ以上の無理はさせられない。それに「分かった」と答えて、彼に回復魔法を施すしかなかった。マティは彼の前から立ちあがって、自分の仲間達を見わたした。彼の仲間達は、彼と同じように黙っている。「大体の状況は、分かった。この町は、魔物に襲われている。今も聞こえる阿鼻叫喚から考えても、その被害は決して小さくないだろう。最悪、死人が出る可能性もある」

 

 ライダルは、「死人」の部分に顔を強張らせた。今までも「死」を感じる戦いはあったが、今回はその非ではない。下手すると、ここで死ぬ可能性もある。今の状況から推しはかる限り、それは充分にありえる事だった。でも、それでも、やはり逃げたくない。自分の同胞が魔族に殺される光景は、もう二度と見たくなかった。ライダルはそんな自分の義憤に応えて、マティの顔にまた向きなおった。「行きます」

 

 そう言ってまた、「行きます!」と繰りかえした。「この町が魔族に襲われているのなら。それを止めないわけにはいかない。僕はもう、人の死を見たくないんだ!」

 

 ライダルは両手の拳を握って、マティの目を見つめた。マティの目は、彼と同じように燃えている。「貴方も、そうでしょう?」


 マティは、その言葉に息を吐いた。それが自分の、「答え」と言わんばかりに。「そうでなければ、冒険者などつづけていない。俺達の仕事は、魔族のすべてを滅ぼす事だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る