嬢35話 立ちはだかる者(※一人称)

 許せない、許せない、許せない。まさか、こんな手を使うなんて。私の感覚から言えば、本当に「異常」としか思えませんでした。あの少年が、ゼルデ・ガーウィンが、私の前に立っているなんて。「怒るな」と言う方が、無理な話です。


 正直、今すぐにでも「殺してやりたい気分」でした。彼が私の父に手を貸した(と思われる)事も、そして、その命令に従った事も。みんな、みんな、許せない事でした。私はその怒りに震えるあまり、周りの仲間達から「ヴァイン」と呼ばれても、嫌な気持ちで「それ」を無視してしまいました。「どうして? 私の前に立っているの? 貴方には、何も関係ないじゃない? アグラッド家の事情に関わる」

 

 彼は、その言葉に眉を寄せました。今の言葉に不満を抱いたのか? それとも、別の理由からか? その理由は分かりませんでしたが、彼が今の言葉に悲しむ顔を見て、それが嫌な感情である事は分かりました。私は仲間達の動きを制して、彼の言葉をじっと待ちました。彼の言葉は、すぐに返ってきました。私が彼を睨んだ事もありましたが、彼が私の目をじっと睨みかえしてきたからです。彼は両手の拳を握って、自分の足下に目を落としました。


?」


「そうだけど? それが?」


「なら!」


 そう叫ぶ彼の顔は、どこまでも悲しげでした。彼は私の目に視線を戻して、その奥をじっと見はじめました。「こんな事、しちゃいけない」


 私は、その言葉に呆れました。そこから察せられる事は一つ、「彼が本当の甘ちゃんだ」と言う事です。父の涙に屈して、その涙に屈した甘ちゃん。物事の善悪を知らない、本物の阿呆でした。本当の阿呆に慈悲なんか要らない。それを与えても、その意味すら分からないからです。無意味な事に勤しむ程、私も暇ではありません。私はそう思って、目の前の彼を嘲笑いました。


「ゼルデ・ガーウィン」


「なに?」


 自分の名前をなぜ、知っているのか? その理由は、特に聞かないようです。


「俺が」


「ええ、本当に情けない。あんな男にほだされるなんて。貴方はもっと、『賢い人だ』と思ったけれど。今の状況を見れば、あまり優れた人じゃないわね?」


 彼はまた、私の言葉に俯きました。それを聞いて、自分の胸を痛めるように。


「そうかも知れない。ただ、これだけは」


「なに?」


「君は、こんな事をしちゃいけない。自分の町に復讐するなんて。君は、『君のお父さん』とは違うんだ。相手の事も考えられる、優しい人。そんな人が」


 私は、その続きを遮りました。それが本当だろうと嘘だろうと、そこから生じる結末は同じだからです。私が引けば、町の人達も助かる。町の人達には恨みはありませんから、(ある意味で)彼の主張は「もっともだ」と思いました。でも、それでも、やはり許せない事はある。「彼が私の敵になった」と言う事実が、どうしても。


 だから、周りのみんなに命じた。彼が私に何を言おうと、それを「聞きながせ」と命じた。悪に手を貸した相手など、「今すぐに殺してしまえ」と命じたのです。彼が今も、父の味方についている限り。彼には、文字通りの「生き地獄を見せてやろう」と思いました。

 

 私は、右手の指を鳴らしました。それが彼に対する攻撃、仲間への攻撃命令だったからであす。私は仲間達の後ろに下がると、真面目な顔で彼等が敵に挑んでいく姿を眺めました。「敵は、一人です。どんなに強くても、怖れる事はありません。数の暴力で、叩きつぶしてください!」

 

 仲間達は、その言葉にうなずいた。特に好戦組は嬉しそうな顔で、腰の鞘から剣を抜いている。彼等は好戦組、華やか組の順で、目の前の敵に次々と仕掛けていきました。「死ね、くたばれ!」

 

 そう叫ぶ、好戦組。華やか組も、その後につづきます。彼等は相手の結界を破ると、その身体に剣を振りおろして、相手に怒濤の攻撃を加えました。


 ですが、相手も「それ」に負けていない。仲間達の攻撃は決して遅くはありませんが、それを見切る何かがあるのか、剣が身体をかすめる時はあっても、剣先が胸を貫いたり、背中を切りさいたり、傷つけたりはしませんでした。


 それどころか、相手の魔法(恐らくは、広域呪文)に吹き飛ばされる始末です。仲間達は相手の攻撃魔法を受けて、相手に「決定打」となる技を打ちこめないでいました。「厄介だな」

 

 そう呟いたのは、私の所まで下がったミネル君です。ミネル君は自身の右手に剣こそ持っていましたが、相手の動きに呆れて、それに溜め息をついていました。「こいつにてこずっていたら、他の連中も集まってくる。他の連中が集まってきたら、厄介だ。そいつらに足止めを食らっている間、肝心の獲物が逃げてしまう」

 

 私も、その意見に賛成でした。彼一人に構っていたら、肝心の目的を果たせなくなってしまう。町の四方には(囮として)様々な物を仕掛けてきましたが、それにも一応の限界はあります。囮だけで止められる相手でも、ないでしょう。事実、「囮」と冒険者達の被害が丁度同じくらいです。決して有利なわけではない。


 いつかは、(「数が減らされている」とは言え)この場所に駆けつけてくるでしょう。そうなったら、厄介です。厄介ですから、ここは一気にたたみかけなければならない。のですが、ここで思わぬ事が置きました。私達が互いの目を見あった瞬間、相手の動きがもの凄く速くなったのです。それこそ、「覚醒技」と言わんばかりに。私達の全員を驚かせたのでした。

 

 私達は、それに怯んだ。そして、彼への反撃が遅れてしまった。

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