第169話 出会ってしまった、二人


 そう笑った領主の顔は、とても歪んでいた。人間の闇を含んだような顔で、それが当然のような顔で。領主は、自分の感覚を一ミリも疑っていなかった。「それで上手く行っていたのなら」

 

俺は、その続きを遮った。それは、いくら何でもおかしい。「間引き」の習慣が安定をもたらすなんて、どうしても思えなかった。間引く方は気持ちよくても、間引かれる方は苦しい。それこそ、地獄の苦しみを味わう。


自分の存在が否まれた気持ち、その命が潰された気持ち。それをずっと、味わうのである。彼が何を考え、何を思っているかは知らないが、それが紛れもない事実で、普通の人ならそう思う、変えようのない事実だった。俺は床の上を踏んで、領主の顔を思いきり睨みつけた。


「アンタは、いかれている」


「なに?」


「頭の中が、いかれている。歪んだ思想を引き継いで、それに疑問すら抱かない。アンタは普通になれない、異常者だよ」


 領主は、その言葉に目を細めた。それに怒るでもなく、また悲しむわけでなく。ただ無言で、俺の目を見つづけた。彼は自分の後ろを振りかえり、後ろの怒声を鎮めた上で、俺の顔にまた向きなおった。「貴族は、普通ではない」


 そう言って、「普通の枠組みから外れた存在だ」とつづけた。「貴族に普通の倫理は、通じない。我々が『是』とする物は『是』、『否』とする物は『否』だ。『それが良い、悪い』と言った問題ではない。我々は決まりを作る側であって、守る側ではないのだ」


 領主は「ニヤリ」と笑って、俺の目を見かえした。まるでそう、自分が神にでもなったかのように。「ヴァインは、出来損ないだ。我が一族を貶める、哀れな存在。それが『攻めてきた』とあれば、その命を奪って」


 俺は、その言葉を遮った。それ以上聞きつづけたら、そいつの頭を殴りそうになったからである。俺は怒りの感情を抑えて、床の上に目を落とした。


「貴方は、クズだよ。それも、救いようのないクズ。彼女がこの町に戻ってきたのも、この町の人達が苦しめられたのも、みんな」


「我々の所為ではない。弱者は黙って、強者の言葉にうなずく。コイツ等はただ、その決まりを守れなかっただけだ。底辺は底辺らしく、我々に殴られていればいい」


 領主はまた、「ニヤリ」と笑った。それを見ていた冒険者達も、彼の笑みに釣られている。彼等はアグラッド一族を除いて、一方は嘲笑を、もう一方は冷笑を浮かべていた。領主は、周りの冒険者達を見わたした。周りの冒険者達は、今の言葉に怒っている。


「義憤、か。まあいい。それが人間の弱さだからな。一時の善に負けて、今後の利益を取り逃す。お前達は、本当にかわいそうな」


「生き物じゃない」


 そう呟いたのは、誰か? それは、俺にも分からない。声の周りにいた冒険者達も、それに「そうだな」とうなずいていただけだった。彼等は冷たい目で、領主の顔を見つめはじめた。「体裁に生きる奴よりは、ずっとマシ。俺達には、誇りがあるからね。誇りは自分を助かるが、体裁は自分を貶める。アンタはダサい服で粋がる、ただの勘違い野郎だ」


 領主は、その言葉に震えた。それに怒ったのかも知れないが、同時に「悔しい」と思ったのかも知れない。彼の拳が握られる光景からは、その怒りや悲しみが窺えた。彼は悔しげな顔で、自分の家族に「不遜な輩だ!」と怒鳴った。


「今どきの若者は、本当に分かっちゃいない。身分の経緯を忘れ、その誠意を忘れるとは。我々の世代では、考えられないよ。我々の世代は、考えるよりも従うのが先だった。それが『良い』とか『悪い』とかに関わらず、偉い人間には絶対服従。今は下らない、自己主張の時代だ。そんな奴等に我々の命を任せていられない!」


 冒険者達も、その言葉にうなずいた。彼等は(俺も同じだが)「こんな奴のために命を張りたくない」と言う顔で、一人、また一人と、部屋の中から出はじめた。「アンタは、クソだが。アンタの民達は、悪くない。その命が奪われる事も」


 領主は、その言葉を遮った。今にも暴れそうな声で。


「ふざけるな! 我々の事を置いて、民の命を助けるなんて。不遜にも程がある。お前達は」


「冒険者だ。『身分』としては、お前より下でも。俺達には俺達の意地、成り上がりの根性があるんだ。お前のように偉いわけじゃない」


 冒険者達は互いの顔を見あって、敵への反撃手段を話しはじめた。俺も「それ」に加わったが、町の被害が思った以上に酷かった事や、冒険者の数も決して多くはない事を鑑みて、俺が敵への先制攻撃、つまりは先鋒役を任された。


 冒険者達は町のあちこちに散らばって、それの手助けや人命救助に走りはじめた。俺も彼等に倣って、敵の本体(と思われる)に突っ走った。敵の本体は、三十人弱。それも俺と同い年くらいの少年達でできていたが、その中央にある人物、これも俺と同い年くらいの少女を見つけると(相手はなぜか、俺の登場に驚いていたが)、彼女が本能的に「大将だ」と感じて、自分の周りに結界を張り、彼女との距離を詰める意味で、彼女の前にゆっくりと歩みよった。俺は相手の方に杖を向けて、その目をじっと睨みつけた。


「町をこんな風にして! お前だけは、絶対に」


「許さない」


「え?」


「こんな風に使うなんて、絶対に許さない。あの一族も、みんな! 貴方も、地獄に叩きおとしてやる! ゼルデ・ガーウィン!」


 俺は、その言葉に口を閉じた。彼女がなぜ、その言葉を口にしたのか? その理由がまったく分からなかったからである。

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