嬢34話 故郷を破る(※一人称)

 帰ってきました。様々な困難を超えて、この忌まわしい地に戻ってきました。私の人生を狂わせた町にそう、亡霊のごとく舞いもどったのです。私の周りにいる仲間達も、その到着を喜んでいました。私達は、町の周りを見わたしました。


 町の周りにはもちろん、それを守る防壁が建っています。防壁の前には兵士達が立っていて、私達が自分達の前に現れた瞬間、冷静な性格の者を除いては、不安な顔で私達の事を見ていました。


 私達は「それ」をしばらく見ていましたが、兵士達が私達に怒声を浴びせはじめたので、私が「集団のまとめ役」となり、自分の隣にハルバージ君を連れて、兵士達の前に歩みよりました。「お久しぶりですね?」

 

 兵士達は、その言葉に「ポカン」とした。言葉の意味はもちろん、分かっているのでしょう。「お久しぶり」の所に「そ、そんな!」と驚く者はいましたが、それに「どうして?」と怖がる者はいませんでした。兵士達は互いの顔を見あって、何やら目配せすると、嫌な顔でまた私の顔に視線を戻しました。


「これは、何の遊びだ?」


「遊び?」


「そうだ! 死者を貶める遊び、命を嘲笑う外道。お前は、お嬢様のお話を聞いて」


 私は、その言葉に呆れました。特に「お嬢様のお話を聞いて」の部分、これには思わず笑ってしまった。彼等は私がお嬢様の死を聞いて、「その姿に扮している」と思ったのです。どう言う神経でそう思ったのかは分かりませんが、私が亡きお嬢様に化ける事で、彼等の間に動揺を促し、そして、「その光景を楽しみたい」と思った。そう内心で考えたようでした。


 私は、その姿を嘲笑った。自分達の手で追いだしていながら、それがいざ戻ってくると、こんなに慌てるなんて。文字通りの滑稽です。彼等が「とにかく、捕まえろ!」と叫んだ時には、ディーウの嘲笑も含めて、それを笑ってしまいました。

 

 私は、自分の指を鳴らしました。「それが攻撃の合図だ」と、みんなに前もって話していたからです。私が右手の指を鳴らしたところで、「町の人達を襲え」とそう決めていたからでした。私は「ニヤリ」と笑って、自分の仲間達を煽りました。「さあ、殺してください」

 

 仲間達は、その言葉にうなずきました。特に好戦組は喜んで、それに「おおっ!」と応えていました。彼等は防壁の四方に散り、そこにいる兵士達を潰しましたが(内部への連絡を遅らせるためです)、彼等から離していた別働隊は、町の脱出路を潰して、私に「それが上手くいった合図」を送りました。「これでもう、逃げられない。ここは最早、陸の孤島だ。外部からの出入り口を塞いだ以上、籠城戦に持ち込むしかない。館の中に市民達を逃がして……領主がそこまで寛大なら別だが、町の外壁部には兵士達が、内壁部には市民の男達が、それぞれに守りを固める筈だ」

 

 私は、その声を察しました。それを実際に聞かなくても、頭の良いモルノ君ならそう言うでしょう。事実、ここに攻めこむ前もそんな風な事を言っていましたし。彼は冷静な判断で、冷静な殺しができる、優等生です。私は、それを信じている。だから、彼が私の所に戻ってきた時も驚かなかった。


 彼は事前の計画通り、町の脱出路を塞いでくれていたからです。残りのメンバーも連れて、私に「それ」を教えてくれました。「あとは、本命をいたぶるだけだ。町の兵達を削って、その命を追いこんでいく。実に恐ろしい作戦だよ。相手は、たぶん」


 そう、彼の考える通りです。兵士達の事など考えるわけがない。精々、「逃げるまでの時間稼ぎ」としか思わない筈です。「脱出路はすでに塞がれている」とは言え、自分達の周りには強い者を集めて、残りの者には「死」を、つまりは「名誉の死」を求める。「貴族の命で死ねたら本望だろう」と、相手にそう訴える筈です。私が覚えている彼等ならば、そう考えるのも手に取るように分かりました。


 彼等は決して、周りの命を考えない。周りの命がどんなに死のうと、自分達だけが「生きのこればいい」と考える人達です。そんな人達が、まともな人道を説く筈がない。私はそう考えて、町の中に攻め入りました。


 町の中は、文字通りの地獄でした。私達の侵入に怯える者、兵士達の死に悲鳴を上げる者。そんな人達が「血」と「絶叫」をもって、この世の地獄を作っていました。それに何とか耐えていた者達も、(私の想像通り)領主の命令が出たのか、最初は私の攻撃に抗っていましたが、誰かの叫んだ「冒険者は、領主館に集まれ」と聞いて、一人、また一人と、館の方に走りだしてしまいました。「くそっ! ここで止めれば、まだ」


 勝機は、あるかも知れません。今はこちらも散らばっているので、「それを叩くなら今しかない」と思います。事実、私もそう考えていました。私の近くで戦っている、華やか組もそう思っていたでしょう。敵の戦力が少ない時に狙うのは、戦いに置いては基本かも知れません。ですが、ここの領主がそんな事を考えるわけもない。自分の命かわいさに「勝利」よりも「防御」を選ぶ筈です。「我が身さえ助かればいい」と、そう考える筈でしたが、そこで思わぬ誤算が生じました。「え?」


 私は、「それ」に驚いた。それに驚いて、思わずおののいた。私は自分の周りに仲間達が集まりはじめる中、不安な気持ちで自分の目の前を見つづけました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る