裏30話 ゼルデを目指して(※三人称)

 彼と話がしたい。彼の歩んできた道を、彼が目指そうとする道を、この耳で確かに聴いてみたい。それが変に恥ずかしくても、ライダルには「それ」がどうしても知りたかった。


 彼の話を聞けば(きっと)、見えない何かが見えてくる。今の自分を伸ばしてくれるような何かが、光明の先に「現れてくる」と思った。ライダルはそう思って、ミュシアの横顔に目をやった。彼女の横顔は、太陽のように輝いている。


「ミュシアさん」


「なに?」


「ゼルデ君は……その、優しいですか?」


 ミュシアは、その質問に微笑んだ。質問の答えが「そうだ」と言わんばかりに。


「敬語は、要らない」


「え?」


「私達は同い年、同い年の仲間。仲間に敬語は、要らない」


 ライダルは、その言葉に目を潤ませた。言葉の中にある優しさ、そして、温かい慈悲深さに。年相応の恥じらいを見せてしまったのである。ライダルは美少女の笑みに頬を赤らめて、その潤んだ瞳をそっと隠した。「うらやましい……」


 ミュシアは、その言葉に目を見開いた。そう言われた理由が、イマイチ分からなかったようである。彼女は少年の顔をしばらく見たが、チアが自分の横腹をつつくと、それに思わず驚いて、彼女の顔に視線を移してしまった。彼女の顔はなぜか、「ニコリ」と笑っている。「どうしたの?」


 チアは、その言葉に呆れた。言葉の奥にある、彼女の鈍感さにも呆れた。チアは少年の顔をしばらく見て、それからまた、彼女の顔に視線を戻した。「貴女が彼の想い人だから、よ? 私としては、うなずけないけどね? この子はまあ、『年相応の少年』って事よ」


 チアにそう言われたが、それでもまだ分からないらしい。ミュシアは彼女の顔をしばらく見たが、やがて少年の顔に視線を戻してしまった。少年の顔は、夕焼けのように光っている。



「え?」


「貴方もたぶん、ゼルデと同じ。気持ちの真っ直ぐな人」


 ライダルは、その返事に戸惑った。それに「同じ」と返すのは恥ずかしいし、反対に「違う」と言うのも恥ずかしい。どちらにしても、「う、うううっ」と項垂れざるを得なかった。ライダルは自分の頬を何度か掻いて、このどうしようもない感情を抑えこんだ。「ま、まあ、それはそれで……うん、とにかく!」


 今はそう、話題を変えなくては。この感情を隠すためにも。「彼の消えた町までは、もう少し掛かるんでしょう?」


 ミュシアは、その質問に眉を寄せた。それを聞いていたチアも、複雑な顔で「ううん」と唸った。二人は互いの目を見あったが、ゼルデの事をふと思いだしたせいか、ライダルが思った以上に暗い顔で、彼の顔をそっと見かえした。「そう、ね。でも、ほら? 山の下に町が広がっているでしょう? あそこが、ゼルデの消えた町。私達のリーダーが消えた町だわ。町の中には、今回の事件と関わっている人もいる。その人に聞けば」


 何か分かるかも知れない。そんな期待を抱いてから二日後、その町に着いたわけだが……。そこで得た情報は、ミュシア達はもちろん、ライダルも大いに驚かせてしまった。ライダルは戸惑う少女達の間を通って、件の老人に話しかけた。「終わったんですか、すべて?」


 その答えは、「終わった」だった。老人は少女達の顔を見わたして(マティ達の存在には驚いたが)、ライダルの顔にまた視線を戻した。「詳しい事は、分からんが。とりあえずは、どうにかなったよ。彼が事件の黒幕と話してね、世界の歪みを正してくれたんだ」


 ライダルは、その話に目を見開いた。話の内容は(「ミュシア達から聞いていた」とは言え)、あまりに衝撃すぎる。正直、「え?」と驚くだけで精一杯だった。ゼルデは自分一人の力で、今回の事を終わらせてしまったのである。ライダルはその衝撃に瞬きながらも、「彼ならきっと、やりとげられたに違いない」と思って、目の前の男にまた意識を戻した。


「凄い、ですね」


「ああ、本当に凄いよ。彼の活躍で、町の騒動も収まったし。我々としても、『ゆっくり寝られる』と言うわけだ。訳の分からぬ幽霊に襲われちゃ、生きた心地がしないからね。彼には本当、拝みたい気分だよ」


 ライダルは「それ」に苦笑いしたが、マティは「それで?」と遮った。彼としては話の内容よりも、話の続きが聞きたかったらしい。相手がマティの顔に視線を移した時も、それをただ見かえしただけで、ライダルのように「そうですか」と笑ってはいなかった。マティは、相手の目をじっと見はじめた。「アイツは、どこに行った?」


 相手は、その質問に表情を変えた。今までの空気をまるで忘れてしまったかのように。


「戻ったよ、今回の依頼を受けた町に。恐らくは、お前さん達を捜す意味もあって。彼は一人、元の町に戻っていった」


「そうか。それなら」


 話は、早い。あてもなく捜しつづけるよりも、そちらの方がずっと良かった。行方不明の人間を捜すのは、生死不明の人間を捜すよりも難しい。マティは自分の後ろを振りかえって、仲間達の顔を見わたした。仲間達の顔はみな、宝石のように輝いている。彼の生存を知ったミュシアなどは、心の底から喜んでいた。マティはライダルの顔に視線を戻して、その瞳をじっと見はじめた。


「ライダル」


「は、はい!」


「いよいよ、運命の邂逅だぞ?」


 ライダルは、その言葉に微笑んだ。これから起こる、ある種の奇跡を喜んで。「はい! とても楽しみです!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る