嬢33話 因縁の地へ(※一人称)

 「眠気が残る目覚め」と言うべきでしょうか? とにかく、そんな感じの目覚めでした。頭の奥がぼうっとするような目覚め、周りの景色がかすむような覚醒。そんな覚醒を経て、いつもの意識がまた戻ったのです。周りの仲間達から「大丈夫か?」と訊かれて、その声に「ハッ!」と跳びおきたのでした。


 私は、自分の身体を起こしました。身体の奥にはまだ、妙な疲れが残っていたけれど。仲間達の不安を察して、それをどうしても起こしたかったのです。私は仲間達の顔を見わたすと、彼等に「夢の事を話そうかな?」と思いましたが、ゴンバ君が私の背中を叩いた事(恐らくは、私の無事を喜んでいるのでしょう)や、ハルバージ君の気づかいもあって、ついにはその機会を失ってしまいました。「ごめんなさい。みんなには、心配を」

 

 モルノ君は、その言葉を遮りました。「それを聞きたくない」と言うよりは、「それは、言わなくてもいい」と気遣って。私の気持ちを宥めてくれたのです。彼は私の顔をしばらく見ていましたが、やがて仲間達の顔を見わたしはじめました。「疲れている人は?」

 

 その返事は、無言でした。彼がもう一度「正直に言っていい」と言っても、それに沈黙で答えるだけです。挙げ句には、「お前こそ疲れているのか?」と聞きかえされていました。モルノ君は「それ」に首を振って、私の顔にまた視線を戻しました。「疲れているのなら、もう少し休もう。あれだけの敵を相手にしたんだ。今は興奮で分からなくても、それが後で出てくるかもしれない。疲れは、戦いの力を削いでしまうから」


 私は、その言葉に黙りました。それを否める言葉がなかったからです。彼がまた、私に「だから、今は休もう」と言った時も、好戦組の反対を除いて、残りの全員が「賛成」とうなずいていました。私は周りの空気に甘えて、「安全」と思われる場所に休息地を決めました。休息地での時間は、それなりに楽しかった。


 朝は程よい時間に起き、昼は話の上手い面々と話し、夜は美味しい料理に酔いしれました。私が寝る時間になっても、私の隣に誰かしらが来て、私に面白い話を聴かせてくれました。私は、それが嬉しかった。嬉しかったけど、また同時に悲しかった。彼等が私に優しくする程、私の過去が「異常だった」と知らせるからです。貴族の伝統、体裁、利益だけしかない世界が、それに虚しさを与えたからでした。

 

 あの世界に生きつづけていたらきっと、この精神が壊れてしまったに違いない。食べ物の味も、飲み物の味も分からず、「虚栄」と「傲慢」とが溢れる建物の中で、その吐瀉物を吐きだしていたに違いないのです。日に日に痩せ細る、自分の身体に泣きくずれて。あらゆる希望を諦めていたかも知れませんでした。そう思うと、この時間が楽しい。時間と時間の間にある、空気が嬉しい。美しい少年達と美しい歌を歌える時間が、この上もなく「幸せだ」と思いました。私はその幸せに心を癒やしながらも、一方では来る戦いに気を引きしめていました。「よし!」

 

 そう、気合いを一発。優雅な気持ちで過ごした休暇も、その終わりがとうとう来たからです。太陽の光が「キラリ」と瞬く午前、朝露の匂いを受けて、それがふっと訪れたからでした。私は、仲間達の顔を見わたしました。仲間達の顔はみな、その凜々しい瞳を光らせています。「さて?」

 

 それに応えたのは、ハルバージ君でした。彼は少年達のまとめ役らしく、柔らかい表情の中に厳しい雰囲気を混ぜて、仲間達の気持ちに活を入れました。「行こうか? 彼女の復讐を果たすために?」

 

 周りの仲間達は、その声にうなずきました。特に好戦組は(ボーノ君は落ちついた様子でしたが)戦意が昂ぶりすぎたせいで、根暗組のみんなに絡んでは(あくまで悪ふざけの範囲であるものの)、彼等に「お前等、ひよるんじゃねぞ?」とか「敵が出ても、小便漏らすな?」とか言っていました。それが、とても心強かった。根暗組としては迷惑かも知れませんが、私としてはそれ以上の励ましがなかったからです。


 だから、本当に嬉しかった。彼等は私の背中を押したり、肩の上に手を置いたりして、私の歩みを促しました。「世界救済の第一歩」

 

 私は、その一言に胸が躍りました。それが示す未来にも「あはっ」と笑いました。私は私の未来、今の時代が変わる様子を思って、彼等と一緒に「はい、行きましょう」と歩きだしました。地面の上をしっかりと踏みしめるように、そして、「復讐」と言う名の大仕事を果たすために。あらゆる風景、あらゆる音、あらゆる匂いを味方に付けたのです。


 私は茂みの中から出てきた小動物はもちろん、川の中を泳いでいた魚にも、頭上の空を飛んでいた鳥にも、木の幹を這う虫にも、まったく怯みませんでした。「そんなのが一体、何だと言うんです? 私がこれから戦う相手と比べれば、本当にどうでもいい事。自然の中にある、置物でしかありません。私の進行を阻むわけでもない。私は私の意思を持って、この因果を断ちきるんです」

 

 周りの少年達も、その言葉にうなずきました。彼等は優しげな顔で、私の周りをずっと歩きつづけました。「そうだよ。そうすれば、すべてが変わる。貴女の運命を縛る鎖が、その刃と共に断ちきられる。僕達は『それ』を破る、従者なんだ」

 

 私は、その言葉に微笑みました。それに宿る、彼等の親愛を感じて。

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