第165話 捜索の一歩目

 町の外は、穏やかだった。その風景こそ変わらないものの、そこには不思議な安定感がある。今までの不穏がすっかり消えて、本来の姿を取りもどしたような平穏が。その晴れわたった空を通して、俺の感覚に流れてきた。地面の上に生えている草花からも、その気配が感じられる。


 俺は変わらない世界を変えて、止まっていた空間に時間を戻したらしかった。が、それでも引っかかる。あの少年はどうして、あんな手段を選んだのか? 自分の世界を作るためになぜ、あんな空間を作ったのか? 


 ただの冒険者でしかない俺には、まったく分からない思考だった。世界の理を変えても、その本質は変えられない。世界の本質を変えても、その真実は曲げられない。正に「無意味」と言える行為。彼は「それ」を使って、世界の中に闇を作っていたが……。


 俺にはやはり、その思考が分からない。思考の中身は分かっても、思考の本質が分からない。世界に自分の思考を押しつけたところで、世界の根幹が変わるわけではないのだ。彼がどんなに頑張っても、その真実だけは変えられないのである。「彼もまた、この世に生きる存在なんだから」

 

 俺は彼の思考、彼の野望に眉を寄せながらも、真面目な顔で例の町に戻った。町の中は、あの時と変わらなかった。そこに入った時の時間こそ違うが、俺が前に見た時と同じ風景が淡々と広がっている。町の出入り口から伸びている商店街も、そこから少し離れた所にある宿屋街もみんな、あの時と同じ姿を保っていた。


 俺が依頼の報告に訪れた、例のギルドセンターも同じ。俺に「お願いします」と頼んだ受付の少年が、あの時と同じ場所に座っていたのである。俺は彼の前に歩みよって、彼に今までの経緯を話した。「多分、信じられないだろうけど」

 

 少年は、その話を拒まなかった。話の内容がどんなにおかしくても、それを真っ向から「否めよう」とはしなかった。彼は話の内容をすべて聞いた上で、俺に自分なりの推論を話した。


「それは多分、奴等の仕業でしょう」


「奴等?」


「人間にも、魔族にも与しない者達。その融和を望むのではなく、破壊の方を選ぶ者達。貴方が戦った相手は多分、それに関わる人物かも知れません」


 俺は、その言葉に押し黙った。それに何と言っていいのか、俺自身にも分からなかったからである。俺は今の話に「う、うううん」と唸ったが、少年との会話がまだ終わっていない以上、中途半端なところで「それ」を「そうか」とうなずいてしまった。「それが仮に『真実だ』としてもやっぱり、厄介な相手だね。人間と魔族、そのどちらもにつかない連中とか。一冒険者としては、本当に困った連中だよ。冒険の最中に襲われちゃ、たまらない」


 少年も、その言葉にうなずいた。少年は(今回の報酬を数えているのか)計算機の玉をしばらく弾いていたが、俺が自分の頭を掻きはじめると、穏やかな顔で俺に「ニコッ」と笑いかけた。「それでも、貴方なら大丈夫。今回の一件をどうにかできた貴方なら、きっと」


 俺は、その言葉に照れ臭くなった。そこまで言われては、俺も流石に恥ずかしい。少年は「それ」を笑っていたが、俺の方は恥ずかしいことこの上なかった。俺は頬の火照りを何とか抑えて、少年の目から視線を逸らした。「ま、まあ、それもいつか何とかするにしても。やっぱり不安だね。みんながいなくなったのは、俺としてはかなり」


 少年は、その言葉に暗くなった。それを聞いて、もう一つの課題を思いだしたのだろう。俺が少年の目に視線を戻した時も、それに「ええ」と応えただけで、喜びらしい喜びはまったくのように見せなくなった。


「センターからも、捜索願は出せます。世間に『貴方の仲間を捜して欲しい』と、そう伝える事もできる。貴方が『それ』を望むのなら、こちらとしても」


「ありがとう。もし、できるなら……そうして下さい。俺も、ずっと」


「心配なのは、分かります。大事な人達がいなくなったのなら、それを不安がるのは当然。その安否を気にしない方が、おかしい。彼等の方からもまだ、貴方の捜索願は出ていないようですし。ここは下手に動かないで、『この町に留まる方がいい』と思います」


 俺は、その言葉にうなずいた。うなずきたくなくても、それに「うん」とうなずかざるを得なかった。俺は自分の無力さに肩を落とす一方で、この親切な少年に「ありがとう」と微笑んだ。「依頼の方も、何だか変な感じに終わったし。結果としてよかったからいいものの、俺としては何だか」


 少年は、その言葉に首を振った。そんな事は、「気にしないでもいい」と言う顔で。


「お金は、ありますか?」


「ああ……うん、それなりに。ギルドのお金は、ミュシア達が持っている筈だけど。俺個人のお金は、俺が持っている」


「そう、ですか。それなら、公共の宿を使った方がいいでしょう。あそこは貴方も知っていると思いますが、普通の宿よりもずっと安い。お金がない人には、仕事の斡旋も行ってくれます。元々は、貧困の救済が目的ですし。そこの人間に事情を話せば、きっと助けてくれる筈です」


 俺は、その言葉に胸を打たれた。言葉の裏にある厚意、彼の優しさにも涙が溢れた。俺は彼の厚意に頭を下げて、彼から教えて貰った公共の宿を目指した。

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