第163話 次代の担い手
あの少女は一体、何者だったのだろう? 名前の方も分からないし、その正体もまた分からない。すべてが、謎に包まれている。彼女に代わってまた、あの少年が現れたが。それでも、謎である事には変わりなかった。俺は不思議な気持ちで、少年の顔に意識を移した。「今の人は? 誰」
少年は、その質問に答えなかった。「答える意味はない」と思ったのか、あるいは、答えられない理由があったのか。俺が彼にもう一度問いかけも、それに「フッ」と笑うだけで、肝心の答えはまったく言ってくれなかった。少年は(どの世代かは分からないが)魔王のそれらしく、何処からか持ってきたマントを羽織って、自分の目の前に机を作りだした。「粗末な物は、作れないからね。最高の品を作ったよ、君が不満を抱かないように。机の椅子も、ほら?」
そう笑って彼が作った椅子もまた、その机に負けない程の出来だった。彼は二脚の椅子を作って、一方には自分が、もう一方には「君はそっち」と促した。「ずっと立ったままは、辛いからね? これから先は、『座談会』と行こう」
俺は、その言葉にうなずいた。それを断る理由は、ない。その提案に不満を抱く理由も。だから、彼の誘いにも「いいよ」とうなずいた。俺は彼の真向かいに座って、その目をじっと見はじめた。彼の目は、無明の闇に染まっている。「それで、何を気? 言っておくけど」
少年は、その続きを遮った。それは、言わなくても分かる事らしい。俺としては不服だったが、少年がそう応えている以上、それに「分かった」とううなずかざるを得なかった。少年は「それ」に笑って、俺の目をじっと見かえした。「それじゃ、単刀直入に。ゼルデ君、僕の仲間にならないか?」
俺は、その誘いに眉を寄せた。誘いの内容は何となく分かっていたが、それでも「イラッ」とした事に変わりはない。事実、彼の目を思いきり睨んでしまった。俺は右手の拳を握りしめて、机の上に目を落とした。机の上には、明かりの灯った蝋燭が置かれている。
「『なる』と、応えるとでも?」
「まさか? そんな事、ハナから思っていないよ。僕と君は、対局の場所に立っているからね? 仮になったら、驚きだ。その時は、僕の方からお断りするよ」
「だったら!」
「最初から誘うな? 確かにね。でも、僕の言う『仲間』は、そうじゃない」
俺は、その言葉に眉を上げた。言葉の意図が、どうしても引っ掛かったからである。
「どう言う事?」
「戦いの後。つまりは、この戦争が終わった後。『一緒に新しい世界を作らないか?』って事だ」
「一緒に新しい世界? それは」
一体、どんな世界なのか? 人間の俺には、まったく分からない世界だった。「勝った方が、世の中を操る世界?」
少年は、その言葉に微笑んだ。まるでそう、その内容を嘲笑うかのように。
「それに近いけど。でも、正確には違う。正確には、理性が司る世界だ。人間や魔族の持つ理性、それにとって治められる世界だよ。そこには自由がない代わり、本能の暴走もない。みんながみんな、理性と良識に従って生きる。僕が何度も」
「世界を変えている理由は、それか。何度も変えて、それがどう言う世界を見るために。アレは、計画の完成度を高めるための実験だ」
少年は、その言葉に押しだまった。それが「正解」と言わんばかりに。俺が彼に「そうだろう?」と聞いた時も、それに応えないで、ただ「クスクス」と笑っていた。少年は、机の上に目を落とした。「世界の変更は、たやすい。そこに生きる人間達の認識を少し、変えれば良いんだから。これ程に楽な事はない。世界は君が思うよりも柔らかく、そして、脆いモノなんだよ。僕はただ、その変化を楽しんだだけだ。最も安全な場所から、最も効率的な方法で。この遊びを楽しんだに過ぎない」
俺は、その言葉に「カチン」と来た。それは、あまりに身勝手。他人の人生を脅かす、傲慢ではないか? 彼のせいで、現に苦しんでいる人もいるし。世界を変えるお遊びは、俺が考えている以上に傲慢なのである。それ故に許せない。彼のやっている遊びが、心の底から許せなかった。
俺は椅子の上から立ちあがって、彼の横に歩みよった。そうしなければ、彼の胸倉が掴めないからである。「元に戻せ」
その返事は、無言。だがら、もう一度言ってやった。「君の力で狂った世界を、君のせいで苦しんだ人達を。君は、それをやる義務があるんだ」
少年は、その言葉に眉を寄せた。それに苛立った、わけではないらしい。ただ、「アホらしい」と思ったようだ。無愛想な顔で俺の手を払った態度からも、その意思が感じられる。彼は俺の手を握って、その目をじっと見かえした。
「いいよ。でも」
「でも?」
「本当にいいのかい?」
「なにが?」
「僕は、世界を変えられる。言い換えれば、君の望む世界にも変えられる。君が本来、生きていた世界。自分の両親と幸せに生きていた世界」
「それは、違う!」
「なに?」
「そんなのは、まやかしだ! 人の力で事実を変えても、その真実は変わらない。『俺の親が死んだ』と言う真実は! それを」
「分かったよ」
「え?」
「君がそこまで言うなら、戻してあげる。君が望む世界にね? でも、悔やむなよ? 真実が必ずしも、『人を幸せにする』とは限らないんだから」
少年は「ニヤリ」と笑って、自分の指を鳴らした。
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