第161話 子供の屁理屈

 夢の本質? ああ、そうだ。俺は幻の中で、人間の本質に触れた。人間の本質に触れて、その闇深さを知った。人間は、俺が思う以上に愚かな生き物。「愚か」と分かりながら、それでも愚かになる生き物。俺があの光景から感じた真理は、その本質を映しだしていた。「ここまで愚かな人間の救うために。お前はなぜ、自分の命を削っているのか?」と、そう内心に問いかけていたのである。俺は「それ」にうなだれ、(自称)魔王の言葉にも俯いたが……。「確かにそうかも知れないけど、だけど」

 

 魔王は、その言葉を遮った。それもただ、遮ったわけでもなく。俺の気持ちを煽るようにして、その言葉に「クスッ」と笑いかけた。魔王は俺の肩に手を置くと、今もなお真っ暗な空間を指さして、俺に「あの先を見てごらん?」と促した。「何も見えないじゃないか? 見わたす限りの闇、どの方向も潰れた暗黒。君は今、その空間に光を灯そうとしているんだ。それが『無駄なあがき』と分かっているくせに。自分の理想に負けて、その希望にすがろうとしている」

 

 俺は、その言葉を遮った。それが正解かどうかは、どうでもいい。ただ、そう言われるのが悔しかったからだ。少年に俺の態度を笑われたのも、その苛立ちを促していたし。彼がまた俺の事を諭そうとした時なんて、その手を思わず払ってしまった。俺は、少年の顔に向きなおった。「それの何が悪い?」

 

 その答えは、無言。


?」

 

 その答えも、無言。少年はただ、俺の思想を嘲笑っていただけだった。


「俺には、まったく分からない」


 少年は、その言葉に笑みを消した。「それに苛立った」と言うよりは、「それを聞いても仕方ない」と言う顔で。俺の思想をただ、見くだしたのである。少年は俺の目から視線を逸らして、あの暗闇をまたじっと見はじめた。「愚か者を正す方法は、その身体を痛めつけるしかない。言葉の理性で訴えても、それを分かるだけの力がないから。どんなに酷い方法でも、そうして相手を躾けるしかない」


 俺は、その言葉に目を見開いた。それは、あまりに傲慢である。相手の言葉が確かに分からない人間はいるが、それでも殴っていい理由にはならない筈だ。なのに……。俺は彼の肩を掴んで、その目をじっと睨んだ。彼の目はやはり、俺の目を見くだしている。


「そんなのは、しつけじゃない。! 暴力で相手を」


「黙らせるのもあり。それは、人間の歴史が証しているじゃないか? 強者が弱者を従わせる。強者の決まりで、弱者の命を従わせる。歴史は、秩序はいつも、強者の側が決めたルールだ」

 

 俺は、その言葉に押し黙った。それが伝えようとする事を、相手が言わんとする事を察したからである。「魔王は人間よりも強いから、人間の社会も支配する?」

 

 少年は、その言葉に微笑んだ。それがまるで、「正解だ」と言わんばかりに。


「家畜は、幸せだろう? 相手から自分の生きる意味を与えられて、自分も『それ』に従うだけで済む。『自由』を与えられた人間のように悩む必要はない。毎日寝て、起きて、寝る。食べる事にも、交わる事にも困らない。正に理想的な生き方じゃないか? 人間の秩序が生んだ順列と言う階級も、そこではただの言葉になる。魔族が決めた、ただの言葉に。人間はただ、本能のままに生きていいんだ。魔族が作った柵の中で」


「それは」


 たぶん、幸せではない。幸せそうに見えても、決して幸せではない。生物の三大欲求に満たされるだけが、人間の幸せではない筈だ。その意味で、彼の言葉は間違っている。一見すると正しいように聞こえて、その本質はまったく間違っている。


 人間はたぶん……いやきっと、苦痛の中に意味を見いだす生き物だ。人間がなぜ、生きるのかを。それを通して、見つける生き物である。俺はそう考えて、少年の目を見かえした。「生きる意味は、自分の中に作るモノ」


 少年は、その言葉に眉を上げた。それを聞いて、「なに?」と苛立つように。


「他人に作られるのではなく?」


「そう、自分で作る。俺は色々な人に助けられて、今の命を保っているけれど。それを『保とう』とする意思は、自分だ。他人の厚意を受けて、それを『活かそう』とするのも自分だ。自分は、人間は、一人ではいきていかない。誰かが自分を支えて、自分が誰かを支えて。そうやって、互いの命を守っている。自分が誰かの上に立って、その命を『仕切ろう』とするのは」


「傲慢?」


「かも知れない、そう言いきれるだけの自信はないけど。俺達は『謙虚すぎる』のもダメだが、『傲慢すぎる』のもダメなんだ。偉そうな事を言って、自分の思想に酔いしれる事も」


「僕は、自分の思想に酔いしれている?」


 俺は、その質問に押し黙った。「そう」と言うのはたやすいが、それでは「ダメ」と思ったからである。俺は相手の目をしばらく見て、それから地面の上に目を落とした。「子供は汚いモノを見ると、それに現実を感じるじゃない? 現実を感じると、自分が大人になった……まあいい。


 とにかく、そんな気分を感じる。子供の屁理屈を言って、自分が大人のような気になる。頭が悪いのは……俺も人の事は言えないけど、色々な意味でヤバイ。でも、頭が良いくせに馬鹿なのは、それ以上に危険だ。現実の一部を見ただけで、自分はすべてを知った気になる」


 少年は、その言葉に眉を寄せた。それが自分の、「不快感だ」と言わんばかりに。彼は不機嫌な顔で、俺の目を睨みかえした。「なるほどね。君はつまり、『僕が身の程知らず』と言いたいわけだ?」

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