第160話 闇の問い掛け

 悪は、滅ぶべき。この世に生きていては、いけない。そんな感覚を覚えた俺だが、それも真っ暗な闇に閉ざされてしまった。あの少年すらも消えた闇に、すべての歴史が消えさった世界に変えられてしまったのである。俺が感覚として覚えていた空気も、それが空気としてあるだけで、空気の本質からはずっと離れていた。

 

 俺は、その空気を吸った。それを吸わなければ、「正気を保てない」と思ったからである。それから「うわぁ!」と叫んだのも、自分の気持ちを「何とか抑えなきゃ」と思ったからだった。俺は自分の気持ちを落ちつかせる中で、「自分は、これからどうすればいいのか」を考えた。「このまま、ずっと」

 

 ここにいるわけ……いや、いてはならない。こんな暗闇に負けて、自分の道を諦めてはならない。道の果てにある、自分の道を進むためにも。今は自分の気持ちを奮い立たせなければなかったが、それもすぐに「ダメだ」と思ってしまった。気持ちの上では分かっていても、本当のそれが「止めろ」と拒んでくる。それに「ダメだ」と抗っても、今度は理性が「諦めろ」と諭してくる。挙げ句は「唯一の仲間」と思っていた感覚ですら、その両者に「お前はここまで、だ」と味方してしまった。

 

 俺は、その感覚に肩を落とした。それが伝える絶望の中で、未来の光をすっかり失ってしまったのである。俺は「それ」に闇を感じたが、それを打ち破る存在に「え?」と驚いてしまった。「お前は?」

 

 一体、何者なのか? 一人孤独を感じていた俺には、その正体がまったく分からなかった。俺は頭の混乱を抑えて、目の前の人物を見はじめた。目の前の人物は俺と同じ、十四歳くらいの少年だった。彼は俺の存在に気づいていないのか、俺の方に視線を向けているものの、その姿自体はまったく見ていないようだった。

 

 俺は、その光景に驚いた、驚いたが、彼に迷わず話しかけた。孤独の世界が耐えられなかった俺には、彼の存在が救いのように感じられたからである。俺は俺を見ていない少年の前に歩みよって、彼に「君も、この世界に迷いこんだのか?」と聞きはじめた。


 だが、それが聞こえなかったのか? それとも、最初から聞くつもりがなかったのか? その理由は分からなかったが、俺が相手に何度も聞いても、相手はそれにまったく答えないで、俺の横をすっと通りすぎてしまった。少年は、暗闇の中を歩きつづけた。

 

 俺は、少年の後を追いかけた。ここから抜けだす情報がない以上、そうする事しか道が無かったからである。俺は少年の歩みに合わせて、その後ろをずっと追いかけづけた。少年の歩みが止まったのは、それからしばらく経った頃だった。少年は暗闇の中で立ち止まると、自分の正面をしばらく眺めて、正面の暗闇(と言うか、空間)を突然に切りさいた。

 

 俺は、その光景に目を見開いた。それが一体、何を意味するのか? 傍観者の俺には、まったく分からなかったからである。俺は少年の行動が怖くて、彼の背中にまた話しかけようとしたが……。それもまた、見事なまでに無視されてしまった。


 少年は空間の先にある光景、人間の造った(と思われる文明)に「クスクス」と笑うと、それに向かって右手を伸ばした。「醜い」

 

 そう笑った、らしい。俺の位置からでは声しか聞こえなかったが、今の声から察する限りでは、その推理で間違いないようだった。少年はまたも「クスクス」と笑うと、空間の向こうに「死ね」と言って、例の文明を焼きはらってしまった。「これは、お前等にはふさわしくない」

 

 俺は、その言葉に震えた。言葉の中にある殺意、それを無意識に感じたからだ。少年がまた、空間の向こうを焼いた時も。その光景にただ、怖れてしまったからである。俺は人間の本能に従って、目の前の少年を「止めなくちゃ!」と思った。「止めろ!」

 

 そんな事をしてはいけない。そんな事をすれば、多くの命が奪われる。あの文明を築いただろう人間達がみんな、一人残らず死んでしまうのだ。地面の灰が風に飛ばされるように、その命がみんな吹き飛んでしまうのである。それをただ見ているのは、俺の気持ちがどうしても許せなかった。俺は少年の肩を掴んで、その肩を何度も揺さぶった。


! アレには」


「命がある、ね? でも、それがどうしたの?」


 少年は、俺の方を振りかえった。「少年の笑み」とは思えない、不気味な笑みを浮かべて。


「奴等は、ゴミだ。この地上に生まれたゴミ。それを葬って」


「良い訳ないだろう! 君は」


「魔王だ」


「え?」


「人間よりも上にいる存在。それが人間を滅ぼして、一体」


 そこから先は、聞かなかった。彼の正体が何であろうと、それが「魔王」と名乗っている以上は見のがせない。彼が俺の事を嘲笑う中、その顔を思いきり殴ってやった。俺は彼の身体を殴り倒した後も、悔しい気持ちで相手の目を睨みつづけた。


「お前が、お前が、こんな事をしなければ!」


「誰も死ななかった? それはちょっと、違うんじゃない?」


「なっ! どう言う事だよ?」


 少年は、その言葉に「ニヤリ」とした。その言葉をまるで、嘲笑うかのように。彼は俺の顔を指さして、その目をまたニヤつかせた。「君は、観たんじゃないか? 人間の歴史を、歴史の悲劇を。?」

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