嬢32話 ゼルデ・ガーウィン(※一人称)

 戦いは、終わった。正確にまだ、終わってないけれど。私達が出会った冒険者との戦いは、私達の勝利で幕を閉じた。誰一人と欠ける事なく、その試練を無事に乗りきった。私は、その事実に打ちふるえました。胸の奥から込みあげる思いに思わず微笑んでしまいました。自分が一人の、悪役令嬢になった事に。心の底からうっとりとしてしまったのです。


 私は私の存在に懸けて、すべての感情を解きはなちました。「ざあまぁ、見ろ。私の前に立ちはだかるから、そうなるんだ。大人しく引っ込んでいれば、いいものを。私は、お前達のような人間とは違うんだ」

 

 仲間達は、その言葉に驚きました。でも、その表情は穏やかだった。穏やかな上、どこか嬉しそうだった。私が彼等の方に向きなおった時も、その視線に「ニコリ」と笑ってくれました。彼等は私の周りに集まって、自分達の勝利を喜んだり、私の働きを労ったりしてくれました。「お疲れ様」

 

 誰かがそう言えば、他の誰かも「よく頑張ったよ」と言ってくれる。また誰かが褒めれば、また違う誰かも「すげぇ強かった」と称えてくれる。そんな風にずっと、私の事を称えてくれたのです。彼等は私の背中や頭を(軽くですが)叩くと、今度は私の身体を抱きしめたりして、その心を静かに癒やしてくれました。「貴女はやっぱり、凄い人だよ」

 

 私は、その言葉に胸を打たれました。それが嘘偽りのない、本当の言葉だったからです。私の力を素直に認めてくれるような、そんな雰囲気が感じられたからでした。私は「それ」が嬉しくて、ハルバージ君の身体に思わず抱きしめてしまいましたが……。それがいけなかったのかは、分かりません。彼等の言葉を聞いて、ただホッとしてしまったのかも。そうなってしまった私には、その原因がまったく分かりませんでした。

 

 私は、緊張の糸が切れたように「うっ」と倒れてしまいました。そこから先は、あまり覚えていない。現実とも夢ともつかない世界が、私の意識を濁らせていただけでした。暗闇の中でふと、誰かに呼ばれたのも同じ。私が見た、ただの幻だったのかも知れません。私は「それ」に戸惑う一方で、妙に冴えている頭を活かしました。「アレは?」

 

 何でしょう? 暗くてよく見えませんが、一人の少年が何かに苦しんでいます。私と同じ空間に立って、私には見せない何かと話している。まるでそう、私と対をなす光のように。暗闇の中にある光、光の中にある希望を見つめているようでした。

 

 私は、その様子をじっと窺いました。彼が何者か分からない以上、そうする以外に仕方なかったのです。私は彼との距離を保ったままで、その様子をただ眺めつづけました。「何かに怒っている?」

 

 そう、ある瞬間に感じました。今までは「闇の中を見ているだけ」と思っていましたが、彼の動きをじっと見ていると、それが彼の怒りを表す動き、見えない何かを罵る動きに見えたのです。私が「それ」に驚いた時も、また見えない何かに向かって何事かを訴えていました。


 私は何故か、その主張に苛立ちました。。主張の内容は分からなくても、それが(これも妙な話ですが)「相手に正義を訴える内容だ」と思ったからです。相手に人間の善を説く内容、「人の光を訴える内容だ」と思ったからでした。

 

 私は、「それ」に怒りました。怒った上に憤りました。人間の善を訴える人間ほど信じられないモノはないからです。彼等は平気で嘘をつき、平気で相手の心を傷つける。あの世界で、あの醜い社交界で、人間の闇を見てきた私には、彼の主張が「愚か」としか思えませんでした。


 貴女がどんなに叫んでも、世界は決して変わらない。真っ黒な悪に嘲笑われて、その正義を踏み潰されるだけです。それがたとえ、どんなに正しい事であっても。だから、彼の正義が許せなかった。私は「それ」に苛立って、彼の前に駆けよりました。


「そんなモノは、無意味です。貴方の努力は」


「む、だ?」


 そう応えた彼の顔は、驚きに満ちていました。彼は私と同い年くらいでありながら、私よりも何処か大人で、私よりもずっと暗い顔を浮かべていました。「どうして、そう言いきれるの?」

 

 私は、その答えに窮しました。窮したくなくても、思わず窮してしまった。「どうして、そう言いきれるのか?」は、私自身にもよく分からなかったからです。ただ、気に食わないから気に食わない。魔族との関わりで性根が曲がった私には、彼の眼差しはあまりに真っ直ぐすぎたのです。それが本当に不快だった。私は彼の胸倉を掴んで、その目をじっと睨みつけました。


「止めて、そんな偽善は」


「偽善?」


 相手は、私の顔をまじまじと見ました。私の顔にたぶん、驚いたのでしょう。彼は私が彼の胸から手を放してもなお、不思議そうな顔で私の顔を見つづけました。


「そうかも知れない。そうかも知れないけど」


「え?」


「俺はその、偽善を信じたい。偽善の奥にある、本当の善を信じたい。人間が人間である証を」


 私は、その言葉に腹立ちました。それは、あまりに幼すぎる。「幼稚な子供の戯れ言だ」と思ったからです。私は彼の前から離れて、その目をまた睨みつけました。「貴方は、誰?」


 少年は、その質問に答えました。質問の答えに確かな思いを抱いて。


「ゼルデ」


「ゼルデ?」


。それが、俺の名前」


 私は、その名前に驚きました。驚いた上に何故か、クラクラした。目の前の景色がかすむような目眩をふと、感じてしまったのです。私は「それ」に抗おうとしましたが、彼が私に「大丈夫?」と言って手を差しのべた瞬間、今の目眩にまた襲われて、その意識をすっかり失ってしまいました。

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