嬢30話 大勝利(※一人称)

 それでも諦めないのが人間、「負ける」と分かっていても戦うのが人間です。数の上では勝っていても、その質では負けている時だって。相手の身体に剣を振りおろす。こちらの攻撃を捌いて、敵に自分の攻撃を当てる。彼等の態度を「無駄な抵抗」と評した私でしたが、それでも「しつこい」と思わざるを得ませんでした。


 私達が彼等の前から引かない限り(あるいは、すべて死なない限り)、彼等もここから逃げださない。文字通りの「徹底抗戦」を決めこむ。私の後ろから攻めかかってきた敵も、そんな周りの空気に染まって、自身の剣を振りかざしていました。敵は、私の背中に斬りかかった。「死ね」

 

 そう言われて、素直に死ぬわけがありません。ましてや、「はい」とうなずくわけも。敵は私の背中を「切れる」と思ったようですが、私もその思考を見事に打破りました。敵は、その反動によろけた。「なっ!」

 

 私は、その声に眉を寄せた。それを聞いていたジュンリ君も、私と同じような表情を浮かべた。私達は魔王の軍勢よろしく、無慈悲な態度で敵の身体を切り裂きました。それが、とても美しかった。ジュンリ君が自信の左耳に付けている耳飾りと似て、赤い花がキラリと光ったのです。それが地面の上にしたたる様も、宝石のようにキラリと輝いていました。


 私は、その光景にうっとりした。ジュンリ君が私に向けた微笑みにも、思わず見ほれてしまった。私は私である意味、その趣味に応じて、自身の戦果に酔いしれつづけた。「美しい」

 

 そう、。敵の鮮血に染める自分が、それに微笑む自分自身が。媚薬の中に沈んでいたのです。それを見ていた(と思われる)スディ君には何故か、その微笑を笑われてしまいましたが。私は口元の血を舐めて、敵の一人にまた斬りかかりました。「逝っちゃえ!」

 

 あの世に、天国に、今すぐ、逝っちゃえ。私がそれを導いてあげる。貴方の心臓を貫いて、その花畑に連れていってあげる。私の愛情を、その真心を込めて。貴方を天の国に連れていってあげる。私はスディ君に「もう止めなよ?」と止められるまで、相手の身体に剣を突き刺しつづけました。「どうして?」


 スディ君は、その言葉に顔を歪めました。それが不快だった、からなのか? 私が殺した敵を見ても、その表情を崩そうとしません。ただ、暗い表情を浮かべています。私が彼に「止めるの?」と聞いた時も、それに何かを言いかけて、また「うっ」と黙りこんでしまいました。スディ君は両目のクマをさらに濃くして、私の顔にすっと向きなおりました。


「敵はもう、アグラッドさんと戦う気はない。アグラッドさんが相手の喉を刺した時点で、自分の人生を諦めている。『自分はもう、助からない』って感じに。僕は、そう言うのは」


 それに続いたミグノ君もまた、(彼とは違う意味で)彼と同じ顔を浮かべていました。彼は神父のような服装ですが、その首にはを掛けていたせいで、何処か「悪魔が神父に化けているような印象」を受けました。「確かに嫌だね、相手の死は。僕としてはまったく気にしていないけど、あまり気持ちいいモノじゃない」

 

 そう言って、「クスッ」と笑うミグノ君。彼は首の十字架を握って、天の神様に祈りを捧げました。「彼にどうか、安らかな死を。報われなかった魂に救いを」

 

 私は、その言葉に苦笑しました。言葉の内容は誠実でも、その口調が何処かふざけていたからです。相手の死を喜ぶような、そんな雰囲気が感じられたからでした。私はそんな雰囲気を喜んで、彼の遊びにも「うふふ」と微笑みました。「優しいんですね?」

 

 死者の安寧を願うとは。本当に優しい人です。そう言われた本人は、何とも複雑な顔を浮かべていましたが。その言葉自体に苛立ったわけではないようです。私は彼等の個性に微笑んで、自分の正面にまた視線を戻しました。私の正面では今も、例の戦いが続いています。血で血を洗う戦闘が、終わる事なく続いていました。


 私はまた、その戦いに加わりました。自身の夢を叶えるため、その剣を振るいつづけました。私は相手の血を浴びる中で、自分の中に悪魔を見ました。「みんな、死ね! 死んでしまえ! 一人残らず」

 

 あの世に逝ってしまえ! そう叫んだ瞬間は、本当に気持ちよかった。あらゆる感情、特に負の感情が消しとんで、ただ高揚感だけが残る。私の本能を煽る殺意だけが、ほとばしる。私は自分の味方が「それ」に驚く中で、自分の敵が「それ」に怖れる中で、自分の刃をひたすらに降りつづけました。


 その結果、急に訪れた静寂。静寂の中から匂う、生臭い香り。それらが私の刃を止めて、同時にまた「ハッ!」と驚かせました。私は、私の周りを見わたしました。私の周りには、無数の死体が横たわっています。「これ、は?」

 

 仲間達は、その質問に答えました。特に軍団の指揮を執るハルバージ君は進んで、その役を買って出ました。



「え?」


「コイツ等みんな、俺達の力で潰したんだ。辛うじて生きのこっていた奴も、君がさっき殺してしまったし。ここに残っているのはもう、彼等を殺した俺達だけだ」


 私は、その言葉に歓びました。それは私の……いえ、私達の完全勝利を表していたからです。私は自分でも抑えられない歓喜に震えて、仲間達の顔を見わたしました。仲間達の顔はみんな、私と同じ表情を浮かべています。


「やり、ましたね?」


「うん、やった。俺達だけの力で、やった。あれだけの大軍勢を。俺達はこの手で、葬ったんだ」

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