嬢29話 要らない善(※一人称)

 ? 私が、ですか? つい最近まで、ただの貴族令嬢だったのに? 俄には信じられません。私自身には、何の自覚もありませんでしたが。私の戦いを見ていたディーウ君にはそう、見えていたようでした。彼の同族(と言うのは、変ですが)であるアウンズ君、ウィラー君、キルビ君、スディ君も同じ反応を見せていますし。


 彼等は私でも気づかなかった私の本質、魂の本質を見ぬいているようでした。それがある意味で、恐ろしかった。彼等の力が怖かったのではなく、「自分が本当は、そう言う人間だ」と言う事に怖くなってしまったのです。彼等がたとえ、それに「不安がる事はない」と言っても。「自分が善人(として置きます)から悪人に変わった」のではなく、「元から悪人だった」と言う事実には、どうしても驚かざるを得ませんでした。私は私自身が怖くなって、その剣を思わず落としてしまいました。


「そ、そんな、私が? でも」


「違う? なんて思う事はない。アンタは、悪人。根っからの悪役令嬢。自分では気づいていなくても、その本質は……」


 そう言いかけた彼が倒したのは、私の背後から迫っていた冒険者でした。彼は冒険者の喉元から剣を抜くと、無愛想な顔で私の方に向きなおりました。


「どうだ?」


「え?」


「これを見て、胸を痛めるかい?」


 私は、その返事に窮しました。返事の内容に戸惑ったからではなく、その返事がすぐに出てしまったからです。「いや、まったく」と、そう内心で思うように。その返事がスラスラと出てきたからでした。私はその葛藤、その本質に思わず「う、うっ」と唸りました。「その人は、私の知り合いではありませんから。何も辛くありません。。それ以上も、それ以下でもない」


 ディーウ君は、その言葉に微笑みました。微笑みましたが、それ以外の反応はありませんでした。私が彼の顔を見かえしても、それに溜め息をつくだけで、私の表情自体には応えてくれない。ただ、彼なりの哀愁を見せるだけでした。彼は私の目から視線を逸らした後も、無愛想な顔で自分の敵と戦いつづけました。「まあ、そう言うところが悪人なんだけどね?」

 

 私は、その言葉に黙りました。黙りたくなくても、「うっ」と黙ってしまった。彼にそう言われた事で、自分の何かが変になったから。私は自分の分からない感情に苛立ちましたが、目の前の敵がまだ倒れていない以上、「それに捕らわれてはダメだ」と思いなおして、敵の身体にまた剣を振るいはじめました。「てぇあ!」

 

 敵は、その声に怯みました。その声を聞いて、思わず驚いてしまったようです。私が彼の片腕を切りおとした時も、その威力に驚いて、目の前の私に「く、そう!」と怯えていました。彼は自分の腕が一本になってもなお、真剣な顔で目の前の私と戦いつづけましたが……。やはり無理していたのでしょう。


 最初は私の攻撃を防いでいましたが、それもだんだんとできなくなって、私が彼の左足を斬った時にはもう、その戦意をすっかり失っていました。彼は自分の右手から剣を放して、私にされるままに「うっ」と息絶えてしまいました。「くそぉ!」


 敵は、その声に怯みました。その声を聞いて、思わず驚いてしまったようです。私が彼の片腕を切りおとした時も、その威力に驚いて、目の前の私に「く、そう!」と怯えていました。彼は自分の腕が一本になってもなお、真剣な顔で目の前の私と戦いつづけましたが……。


 やはり無理していたのでしょう。最初は私の攻撃を防いでいましたが、それもだんだんとできなくなって、私が彼の左足を斬った時にはもう、その戦意をすっかり失っていました。彼は自分の右手から剣を放して、私にされるままに「うっ」と息絶えてしまいました。「くそぉ!」

 

 私は、その声にほくそえみました。それを聞いていたフェイン君も、私と同じように「クスッ」と笑いました。私達は相手がこちらの攻撃に震える程、その振りあげた剣に怯む程、言いようのない喜びを感じてしまいました。「愚かしい」

 

 うん、本当におろかしい。私達がこれ程に「強い」と分かっていながら、なおも私達に挑んでくるなんて。本当に「愚か」としか言いようがありませんでした。私は剣の表面に付いた血を払って、フェイン君の顔に向きなおりました。彼の顔もまた、私と同じ表情を浮かべています。あらゆる快楽に喜ぶような、そんな表情を浮かべていました。「疲れるね?」

 

 その返事はもちろん、「うん」でした。フェイン君は女性のような容姿ですが、その趣向はやはり男性で、自分が倒した相手が女性なら喜ぶ一方、男性ならかなり不満な顔を見せていました。「男の身体は、硬いけど。女性の身体は、柔らかいから。僕の剣も、よく刺さる。男は、僕の剣に抗うからね?」

 

 私は、その言葉に「クスッ」と笑いました。それを聞いていたアウンズ君は、その言葉に「そうかな?」と困っていました。私達は性格の違いこそあれ、それに何らかの感情を抱きはじめました。私は口元の笑みを消して、アウンズ君の顔に視線を移しました。アウンズ君の顔は何処か、浮かない様子です。「嫌なの?」

 

 アウンズ君は、その質問にうなずきました。こちらが耳を澄ませなければ、よく聴きとれないような顔で。「ああ、うん。オレはその、こう言うのはあまり……」


 好きではない。それがアウンズ君の本音であるようです。彼は左側の前髪が少し長かったせいで、顔の左側が「それ」に隠れていましたが、私が「それ」に「なるほどね」と応えると、何だかすまなさそうな顔で、私に「ごめん」と謝りました。「アグラッドさんの気持ちを損ねるつもりは、なかったんだ。それに文句を言うつもりも」

 

 私は、その言葉に首を振りました。それを否めるなんてできない。彼が今も抱いている不安は、私がかつて抱いていた不安と同じでした。私は昔の自分を振りかえって、目の前の彼に「ニコッ」と微笑みました。「乗りこえましょう、一緒に。余計な気持ちは、自分自身も殺してしまうから。は、さっさと捨ててしまいましょう?」

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