嬢28話 根っからの悪人(※一人称)

 残酷な光景、かも知れません。ですが、それに胸は痛まない。敵の人生を思って、それに「かわいそう」と思う事も。私は私の現実を、ありのままに受けとめた。受けとめた上で、それは「仕方ない事だ」と思った。命の駆け引きがなされている以上、それに犠牲が出るのは当然の事です。一つ一つの命に胸を痛める場合ではない。


 自分が相手を殺さなければ、相手が自分を殺してしまう。普通の人間には耐えられない現実でしょうが、今の私には「それ」がちゃんと受けとめられました。「これは、生きるために必要な事だ」と、そう内心で思えたのです。だからもう、怖くなかった。相手の剣が自分に襲ってきても、それに「うっ」と怯えなくなった。私は私の中にあった殺意、「悪役」の殺意にただ従いつづけました。「遅い!」

 

 相手は、その言葉に怯みました。「怯むような口調ではない」と思いましたが、私の殺意がよほどに怖かったのでしょう。敵である冒険者はもちろんですが、味方である少年達(メンバーの中では、暗い印象の少年達です)ですらも、今の「襲い」に「う、うううっ」と震えていました。相手は私の剣を弾いた後も、不安な顔で私の前に立ちづけました。「おのれぇ、化け物が! 自分の力に酔いしれて!」

 

 私は、その言葉に微笑みました。それの一体、何が悪いのか? 私には、まったく分からなかったからです。自分にそれだけの力があるなら、それに酔いしれて当然。寧ろ、謙遜自体が「軽率だ」と思いました。軽率はただ、自分への卑下でしかない。


 卑下は、自分の品位を落とします。それがたとえ、普通の感覚であっても。「悪の感情」が気持ちよかった私には、その普通が「まやかし」のように思えました。私は敵の剣を捌いて、その喉に剣を突き刺しました。「酔いしれてなんかいない。私はいつも、本気だ! 本気で、自分の夢と向きあっている!」

 

 敵は、その言葉を聞きませんでした。それを「聞こう」と思っても、聞かれる状態ではなかったから。私が敵の顔を見おろした時も、それを睨みかえしただけで、それ以外の反応はまったく見せませんでした。敵は私がその喉元から剣を引きぬいた後も、ただ無言で地面の上に倒れつづけました。それが妙に不気味でしたが、次の敵が迫ってきた私には、そんなのは「本当にどうでもいい事」でした。私は次の敵に向きなおって、自分の剣をまた構えました。「次は、貴方ね? 貴方も、彼と同じようにしてあげる」


 敵は、その言葉に怯みました。言葉の調子にどうやら、ある種の恐怖を覚えたようです。私自身はただ小声で言っただけでしたが、それを聞いた相手には、どうもドスの利いた声に聞こえたようでした。敵は私よりもずっと年上でいながら、私よりもずっと年下の態度で、目の前の私に斬りかかりました。「こ、このっ! 死ね!」


 私は、その言葉に怯まなかった。言葉のそれと重なった、彼の攻撃にも怯まなかった。私は彼の剣を捌いて、その額に剣を突き刺しました。「フフフッ」


 どう? この反撃、凄いでしょう? 相手の反応よりも速い突き、それが生みだす破壊力。相手はただ、私の剣に骨を砕かれるしかない。「斬」と「打」の混ざった、一撃です。それをまともに食らえば、地面の上に倒れるしかない。そこで「僅かな意識が残っていた」としても、その頭から血を流すしかないのです。


 私は自分の力に酔いしれたわけではありませんが、根暗組(私が勝手に付けた名称です。本当はただ、その性格が暗いだけですが)のディーウ君に「おっかないね、アンタは」と言われるまで、その感覚に少し浸ってしまいました。「え?」

 

 ディーウ君は、その「え?」に溜め息をつきました。それに呆れたのか? それともただ、驚いたのか? 私には、その真意は分かりませんでした。ディーウ君は陰鬱な顔で、私の後ろにじっと立ちはじめました。「最初の事は、あんなに怖がっていたのに。今じゃ、その反対になっている。周りの連中はどうか知らないが、俺からすりゃ」

 

 私は、その言葉に戸惑いました。そう言われれば、確かにそうかも知れません。最初の頃と比べれば、今の自分は確かに変わっていました。人を殺す事に躊躇いがない。相手をいたぶる事に迷いがない。時折「え?」と驚く事はあっても、それは一瞬の迷いでしかありませんでした。迷いの先にはまた、今の私が待っている。人の死を何とも思わない、冷酷な悪役令嬢が待っていました。


 私は、その悪役令嬢に苦笑しました。「異常かも知れません。でも、それでも、やっぱり気持ちいいんです。自分の気持ちが解きはなたれるようで、気持ちの奥がスッキリする。すべての感情が、洗われるんです。まるでそう、本来の私を取りもどしたかのように」

 

 ディーウ君は、その言葉に押し黙りました。それに「何かを言おう」と思っても、その返事がどうも見つからないようです。私が彼に「どうしたの?」と話しかけた時も、それに応えるどころか、陰鬱な顔で地面の上に目を落としてしまいました。彼は自分の横から迫ってきた敵を斬りすてて、私の顔にまた視線を戻しました。


「最初から悪い奴は、純粋だ。それが普通で、当たり前だからね。でも、アンタは」


「はい?」


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