嬢27話 斬っても、斬っても(※一人称)

 生暖かい感触。でも、嫌な感触ではありません。敵を倒せば、当然に覚える感触。そうとしか、思えなかったのです。目の前の敵が息絶える様子にも、それ以上の感覚は覚えなかった。私はまた、一人の人間を殺した。一人の人間を殺して、その最期を見た。自分の右手に剣を握って、相手が息絶える姿にじっと魅入ったのです。敵が悔しげな顔で、私の顔を睨んだ顔にも。ある種の恐怖は覚えましたが、それ以外の事はまったく感じませんでした。すべては、戦いの果て。そこにある、一つの結論。それをただ、じっと見ていただけなのです。

 

 私は敵の遺骸から視線を逸らした後も、無感動な顔で自分の周りを見ていました。私の周りでは今も、人間と魔族達が戦っています。それぞれがそれぞれの命を賭けて、互いの命を奪いあっていました。私は、その光景に身震いしました。「楽しいわけじゃない。でも」

 

 つまらないわけでもない。相手と命のやりとりをするのは決して、つまらない事ではありませんでした。その勝負に勝ってでしか味わえない感動もある。私が人間の殺害に慣れてきた理由も、その感動からくる興奮でした。「もっと倒したいな」

 

 そう呟いた瞬間でしょうか? 私の近くに立っていた少年、妖艶な雰囲気の漂うビュルツ君が私に笑いかけました。彼は男子にしては色っぽい服を着ていましたが、その右手に握られた剣が本人よりも怪しげだったせいで、服装のそれがほとんど普通に見えていました。「楽しんでいるねぇ、うん。でも、あんまりやりすぎちゃ、ダメだよ? 危ない火遊びは、自分の身を滅ぼすから」

 

 私は、その言葉に「ドキッ」としました。言葉の意味はもちろんですが、その声に思わずときめいてしまったからです。初心な少女が初めての異性にときめくような、そんな感覚を覚えてしまいました。私はそんな感覚、少女の感覚に戸惑って、彼の目から視線を逸らしてしまった。「そ、そうですね? ご、ごめんなさい」

 

 ビュルツ君は、その言葉に微笑みました。微笑んだ上に「大丈夫」とも言ってくれた。彼は私の隣に歩みよって、私の髪にそっと触れました。その感触にまたときめいたのは、私だけの秘密にしておきます。「今の言葉はただの、忠告だから。忠告のすべてを聞かなくてもいい。僕は君の戦う姿、その表情が」

 

 そう言ってまた、私の耳元に囁く彼。彼は私の顔が赤くなっている事に気づいたのか、私がそれに「え? あっ!」と戸惑った時も、楽しげな顔で私の髪を弄ってしました。「とても好きだ。華麗な乙女が戦う姿。僕のような魔物には、最高の姿だ」

 

 私は、その言葉に噴きあがった。言葉の熱に撃たれて、頭の中が「クラッ」ときたのです。それを見ていたハルバージ君は何だか不満げな様子でしたが、私自身は「それ」によろめき、そして、「うわん」と言ってしましました。私は顔の火照りを何とか抑えて、自分の敵にまた向きなおりました。自分の敵はまだ、例の抵抗をつづけています。「う、うううっ、倒しても、倒しても」

 

 減らない。それが本当に苛立ちます。「後ろに下がろう」と思っても、その逃げ道すら塞がれている。正に八方塞がりの状態です。正面の一角が少しだけ手薄になっていますが、それも周りに比べたらマシなだけで、実際は「退路が断たれている事」に変わりはありませんでした。私は「それ」に苛立って、自分の敵にまた剣を振りおろしました。「この、しつこい。何人倒したら!」

 

 ビュルツ君は、その言葉に微笑みました。彼の近くで戦っていた少年達、フェイン君、コンファ君、シュンリ君、ミグノ君も、彼と同じ表情を浮かべました。彼等は私の不満に苛立つ訳でもなく、反対に「大丈夫」となだめて、その敵を何体も薙ぎ倒しました。「怒らない、怒らない。彼等がしつこいのは、今に始まった事じゃないからね? そんなに怒っても、仕方ない。ここは辛いけど、何とか切りぬけるしかないよ」

 

 私は、その言葉にうなずきました。本当はうなずきなくなかったけど、この状況ではそうせざるを得ませんでした。私は彼等の気づかいに「ありがとう」と思う一方で、目の前の敵には「なにくそ!」と戦いつづけました。目の前の敵は、その攻撃に怯んだ。攻撃自体にはちゃんと応じていましたが、私の気迫に押されてしまったのでしょう。私の剣を受ける動き一つ一つ、それを捌く一つ一つに疲れが見えました。敵は私とほとんど変わらない歳で、私よりもずっと苦しんでいました。「ち、ちくしょう! 何なんだよ、この女は! 防いでも、防いでも、襲ってきやがる!」

 

 私は、その言葉を無視しました。それがたとえ、「聞こえていた」としても。それにイチイチ応える道理は、ありません。正直、「言いたければ、勝手に言え」とも思いました。私は相手の怒声を聞きながして、その身体に剣を振りあてました。「当たり前でしょう? これは、戦争なんだから。戦争に手加減なんてできるわけがないじゃない? 私に向かってくる敵は、全力で倒すわ!」

 

 敵は「それ」に何かを叫びましたが、私の攻撃が思ったよりも強かったらしく、最初の一撃目は何とか立っていられましたが、そこに斬りかかったビュルツ君の攻撃を受けて、地面の上に倒れてしまいました。ビュルツ君は「それ」に「ニヤリ」と笑ったところで、相手の喉元に剣を突き刺しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る