嬢26話 逃げられない戦い(※一人称)

 「戦い」とは本来、悲しい物。誰も幸せになれない、不幸な物。それが戦いの本質であり、また同時に真実でもありました。相手と戦うだけでは、真の幸福は得られない。ただ、不幸な未来が待っている。戦いの中に快楽を得る人達もいますが、大抵は不快な思いを抱いている筈です。私の仲間達、特に穏やか組もまた、そんな不快感を抱く人達でした。彼等は好戦組が敵と楽しげに戦いつづける中、暗い顔で自分の剣を振るっていました。


 私は、その光景に胸を痛めた。痛めた同時に悲しくなった。彼等は私の目標に付きあいこそしてくれましが、それはあくまで命令だからであり、彼等自身の意思ではなかったのです。人の死に胸を痛める人が、自分自身の罪にも胸を痛めるように。彼等もまた、そんな善意を持つ少年達でした。


 彼等は相手の剣を捌いて、私の周りに戻ってきました。そうする事で、私の事を「守ろう」としてくれたようです。普段は穏やかな雰囲気のエベナ君も、この時ばかりは「嫌だなぁ」と俯いていました。「こんな戦いがつづくなんて、本当に。これじゃ、いつまで経っても」

 

 彼は敵の様子をしばらく窺いましたが、私の顔にまた視線を戻しました。その瞳にどこか、悲しげな表情を浮かべて。「ヴァインさんも」

 

 私は、その声に驚きました。その声には怒りが、そして、苦しみが感じられたからです。私が彼に「は、はい?」と聞きかえした時も、それにただ「くっ!」と苛立つだけで、その雰囲気を決して変えようとはしませんでした。彼は陰鬱な顔で、自分の正面に向きあいました。彼の正面には今も、敵の冒険者達が立っています。「本当は、こんな事をしたくないよね? 相手の命を奪うような、そんな苦しい行いは?」

 

 私は、その質問に黙りました。「押しだまる」とまではいかないまでも、それにどう答えていいのか分からなかったからです。私は彼の質問から受けた衝撃、その揺れに揺れうごいて、その質問になかなか答えられませんでした。「そう、ですね。本当はたぶん、したくないでしょうけど。今は、そんな事を言っていられない。自分がこの道を選んだ以上、その困難に『苦しい』と言うわけには。私は、私の……」


 エベナ君は、その言葉に顔を曇らせました。それに怒ったわけでもなく、また嘆いたわけでもない。私がそう言った心情を読みとって、そこに何かを感じたようです。彼の心境を推しはかる事はできませんが、彼が浮かべる表情からは、その苦悶が何となく感じられました。


 エベナ君は私の前に立って、目の前の敵をじっと見つめました。「魔王様の考えに背くつもりはない。でも、こんな戦いはすぐに終わって欲しいですね。相手と命を奪いあう戦いは。そんなもの悲劇しか生みださないから。本当なら話しあいで進めるのが、『理想だ』とは思うけれど。現実は、そうはいかない。相手を殺す事でしか進めない事もある。それがたとえ、どんなに酷い事であっても」

 

 私は、その言葉に俯きました。それが本質、変えようのない現実だったからです。私は彼の抱いている苦悶、苦悩に思わず泣いてしまいました。「悲しいね? みんな」

 

 エベナ君も、その言葉に泣きました。私のようには泣きませんでしたが、その頬には光る物が見えました。彼は左目の涙を拭って、正面の敵に挑みかかりました。正面の敵は、その攻撃に怯みました。攻撃のそれ自体が強かった事もありますが、彼が覚醒状態であった事もあって、最初の一撃こそ防げたものの、次の二撃目には体勢を崩され、三撃目には身体を飛ばされて、近くの家に叩きつけられてしまいました。


 敵は身体の激痛(と思われる)に耐えつつも、苦しげな顔で自分の体勢をまた整えました。ですが、その隙を見のがす彼等ではありません。エベナ君はもちろんですが、彼よりもおっとりしているイクル君、少しのんびり屋のコンフィ君、真面目タイプのズオウ君、落ちついた感じのプオ君も、それに連続攻撃を仕掛けました。彼等は見事な連携を見せて、相手の冒険者をあっと言う間に倒してしまった。


「敵の一人一人は、強くなくても」


「うん、確かにしんどいね。これだけの人数を相手にするのは」


 くたびれる。それは、私も同意見です。彼等が陰鬱な表情を浮かべる横で、私も同じような表情を浮かべていました。「これは、相当に疲れるぞ」と、そう内心で思ってしまったのです。彼等はそれぞれの剣に付いた血を振りはらって、残りの敵達にまた挑みはじめました。「悪い事は言わないからさ、撤退でもなんでも!」


 相手は、その言葉を聞かなかった。それを「聞こう」とする意識はもちろん、その精神すら持っていなかったのでしょう。私の横から私に斬りかかった冒険者も、「人数の上で自分達が勝っている事」を喜んでいる(あるいは、気を抜いている)のか、私が自分の剣でそれを防いでもなお、その光景に「ニヤリ」とするだけで、自分達の敗北についてはまったく考えていないようでした。


 冒険者は私の剣を払って、私の身体にそれを振りおろしました。でも、それを食らうわけにはいきません。私も私で、死ねない理由があるのです。冒険者は「それ」にまったく気づかない様子で、私に自分の剣を弾かれてからすぐ、その身体を見事に引き裂かれてしまいました。

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