嬢20話 必要な人(※一人称)

 敵は、私の視線に怯えました。私としてはただ見ているだけでしたが、相手にとっては「それ」が怖かったようです。ミネル君が私の傍から離れた時も、それをただ眺めるだけで、私の方に近寄ろうとはしませんでした。敵は、私の視線を見つづけました。「ガキが! 調子に乗りやがって! こんな戦力を持っているとか」

 

 。敵はそう、言いたいのでしょう。私のような人間、小娘如きがこんな力を持っているなんてありえない。普通ならとっくの昔に殺せた筈だ。そんな感情が、ひしひしと伝わってきたのです。彼自身がそう言っていなくても、私の方に向けている刃、眼光、殺気からは、その感情が分かりすぎる程に伝わってきました。敵は自分の武器を構えて、地面の上からサッと走りだしました。「すぐに殺してやる、お前のような小娘は!」

 

 この剣で、八つ裂きにしてやる。そして……うん、そして? それからは一体、どうするのか? 彼の剣を睨んでいた私には、それがまったく分からなかった。剣の動き自体は見えても、その意図がほとんど分からない。特に動きのそれが止まって、その本人が口から血を吐いた時は。その鮮やかな血に思わず立ちすくんでしまいました。


 敵は自分の身体に何が起きたのか分からない様子で、腹部の痛みに「う、うっ」と苦しみながらも、それに何とか耐えて、私の身体に剣を振りおろそうとしました。ですが、それもやはり無理だったのでしょう。彼自身は私の身体を斬る気満々でしたが、腹部の傷がやはり深かったらしく、その口からまた血を吐いた時にはもう、悲しげな顔で地面の上に倒れてしまいました。彼は地面の上に顔を付けて、それからすぐに息絶えました。「うっ、う……」

 

 私は、その声に眉を寄せました。「それが怖かったから」と言うのもあります。ですが、それ以上に見るべきモノがあった。彼の腹部に剣を刺した人物、その正体がどうしても気になったのです。私は死体の顔から視線を逸らして、人物の正体に意識を移しました。


 人物の正体は、私の仲間。その一人である、カウヤ君でした。カウヤ君は(私の主観では)物静かな印象ですが、今回は覚醒状態になっている事もあって、その態度がすっかり変わっていました。「こいつの命を決して逃さない」と言う、そんな態度が感じられたのです。敵の腹部から剣を引き抜いた時も、その態度をずっと保っていました。カウヤ君は真面目な顔で、敵の遺体をじっと見おろしました。「自分の力を信じるのはいい。でも、信じすぎてはいけない。過信は、身の破滅を招く。貴方は、その真理に気づいて……」

 

 私は、その言葉に目を見開きました。言葉の最後が何故か、ふっと消えてしまったからです。私が彼に話しかけた時も、それに「いや」と返しただけで、その続きは「ううん」と言いよどんでいました。私は、その態度がどうしても気になりました。「どうしたの?」

 

 カウヤ君は、その質問に暗くなりました。質問の内容に胸を痛めるように。彼は私の目をじっと見ましたが、やがて地面の上に目を落としました。地面の上には、彼の倒した敵が横たわっています。


「僕のような魔物が、こんな事を。僕は、別に」


「『偉い』とか『偉くない』とかの問題じゃない。カウヤ君は、ただ」


「なんです?」


なだけだよ? 自分の存在も含めて、ただ」


 カウヤ君は、その言葉に首を振りました。その言葉自体を否めるように、自身の眉をひそめてしまったのです。彼は自分の後ろから襲ってきた敵を吹き飛ばして、私の前にサッと走りよりました。「違います。そんな事は決して、ない。僕は、貴女の思うような魔物ではないんです。魔物の中でも、そんなに」

 

 私は、その言葉に首を振りました。それは、あまりにも卑屈すぎます。自分の事をそんな風に思うなんて。彼はもっと、自分の力に自信を持っていい。自分の力に自信を持って、その理想を追い求めていい。「魔王様の力になりたい」と言う理想を。だから、彼の言葉にも「うん」とうなずけなかった。


 私は彼の手に触れて、手の甲をそっと撫でました。「謙虚と卑屈は、違う。貴方のそれは、謙虚じゃない。謙虚の部分が多いけど、今は卑屈が勝っている。卑屈は、自分の価値を下げるだけ。貴方はもっと、自分の価値を信じていい」


 カウヤ君は、その言葉に目を潤ませました。言葉の意味に胸を打たれたのか? それとも、自分の力に落ちこんだのか? その正確な気持ちは分かりませんが、それを聞いた瞬間に「うっ」と泣きだしたのは事実でした。彼は両目の涙を拭って、隣の私に「クスッ」と微笑みました。


「アグラッドさん」


「はい?」


「ありがとう」


 そう微笑む彼の顔は、太陽のように輝いていました。彼は自分の正面に向きなおって、その先に立っている敵を睨みました。敵は彼の眼光に怯えて、その場に思わず立ちすくんでいます。「僕は絶対、貴方の事を守る。これから先、どんな事があっても。貴方は、僕には……僕達には、絶対に必要な人だ!」


 私は、その言葉に熱くなりました。恋のようなときめきは(たぶん)ありませんでしたが、胸の奥がなぜか、その言葉に熱くなってしまったのです。彼が私に「ニコッ」と笑った時も、その笑みに赤くなってしまいました。私は頬の火照りを何とか抑えて、彼が敵の方に向かっていく姿を見送りました。

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