嬢19話 自分の信念(※一人称)

 恐ろしい光景でした。普段は大人しい(と思う)少年が狂戦士のように荒れて、自分の敵を叩きのめしている。真面な神経の人が見れば(きっと)、おかしくなるか、自分も同じように狂ってしまうでしょう。事実、私もかなり驚いていますし。ある種の恐怖すら感じています。自分の精神が何かに犯さされるような、そんな感覚をずっと覚えていました。私の近くに立っていたミネル君も、私と同じ感覚を覚えているのか、仲間達の少年達よりも少し落ちついていました。


 ミネル君は相手の攻撃をサッと躱して、私の前に「大丈夫?」と駆けよりました。「覚醒は、『奥の手だ』って言うのに。まったく!」

 

 私は、その言葉に目を見開きました。それがどう言う意味かは分かりましたが、その口調がいかにも「面倒臭い」と言う感じだったからです。私が彼の言葉に「奥の手?」と応えた時も、それに「そう、奥の手。短時間だけど、自分の力を上げてくれる。これを使うのは、本当に危険な時だけだ」と応えてくれましたが、その表情はやはり「面倒臭い」と言う感じでした。私はまた、彼の言葉に目を見開きました。言葉の中にあった「危険」と言う部分、それに思わず驚いてしまったからです。「そ、そんなに危ないの?」

 

 ミネル君は、その言葉に呆れました。それも、「えぇええ?」と戸惑うように。彼は自分の頭を何度か掻いて、周りの敵達にまた視線を戻しました。「アンタの事を馬鹿にするつもりはないが。これはどう見ても、危険でしょう? 敵のみなさんは、ほら? 普通の冒険者じゃなさそうだし。今も、こちらが『有利』とは言えない。覚醒状態になって、やっと戦える状態だ。されだけ強い相手なんだよ。いつもなら、俺達全員で戦うような事も」

 

 私は、その言葉に震えました。言葉の調子はアレですが、その内容はかなりヤバイです。正直、それを聞きおえた時には「えぇえええ!」と驚いてしまいました。それだけ恐ろしい内容だったのです。私は今の自分達が戦っている相手、それがどれだけ強いかを知って、その事実に「そ、そんなぁ!」と怯んでしまいました。「奥の手を使ってこれなら、速く」

 

 ミネル君は、その言葉に溜め息をつきました。その言葉に心から呆れるように、あの「やれやれ」を見せたのです。彼はやる気のまったく感じられない顔で、自分に迫ってきた敵の攻撃を防ぎました。「『逃げる』って、何処に逃げるのさ? 敵に囲まれているのに? アンタも戦いの事が何となく分かったのなら、そんな事!」

 

 私は、その言葉に押しだまりました。その言葉が真実、戦いの本質を述べていたからです。どんなに不味い状況でも、そこから逃げられない時はある。ましてや、今のような状況なら。「逃げる」よりも、「戦う方がより安全だ」と思いました。私はその考えに押されて、彼がやはり優等生組(私が勝手に分けました)に属する事、だらしない服装の中に高い知性を持っている事、やる気のなさそうな顔が実は妙に色っぽい事を改めて認めました。「ごめんなさい。私、そんな事も分からないで」

 

 ミネル君は、その言葉に目を細めました。恐らくは、その言葉に何かを感じたのでしょう。敵の攻撃を防いだ後も、憂鬱な顔で相手の動きを見ていました。彼は何度か息を吸って、私の方にまた向きなおりました。「別にいいよ、アンタの事を責めているわけじゃないし。俺も正直、面倒くさいからね。こんな戦いは、早く終わってほしい。俺は、戦いよりも趣味に生きたいんだ」

 

 私は、その言葉に「ポカン」としました。その言葉があまりにも、今の状況から掛けはなれていたからです。彼が「はぁああ、だるっ」と言う顔で自分の頭を掻いた時も、それに「呆れる」と言うよりも、反対に「面白い人だな」と思ってしまいました。私は彼が戦いの中でも自分を見失わない、ある意味で「一番賢い人だ」と思いました。


「私も」


「うん? そう言う気持ちでいた方が、いいでしょうか? どんな時も、己を見失わない」


 ミケル君は、その言葉に眉を寄せました。それに苛立ったからではなく、その答えを彼なりに考えているようです。彼はもう一度襲ってきた敵の攻撃を防いだ後も、真面目な顔で質問の答えを考えていました。「それが強いかどうかは、分からないよ。でもさ? そう言うのは、『大事だ』と思う。魔王様の考えに逆らうつもりはないが、それでも大事な物はあるからな。自分の気持ちを押しころしてまで、別の考えに従う事はない。ましてや、それが」


 彼がそう言った瞬間、先程の敵がまた襲ってきました。敵は彼の身体に何とか斬りかかろうとしましたが、彼がそれよりも速く動いた事で、その攻撃自体はやはり通りませんでした。「このぉ! ふざけやがって!」


 ミケル君は、その言葉を無視しました。無視した上に「まったく」と呆れました。彼は敵の様子を窺った状態で、私の顔にまた視線を戻しました。「自分の意に反する事だったら。そんな物に従う事はないだろう? 自分の意見を無視した考えなんて、どう考えても酷すぎる。アンタはアンタの、アンタが思う信念に従えばいいんだ」


 私は、その言葉に胸を打たれました。それは私の気持ちを救う、至高の言葉だったからです。「自分は、自分の信念に従えばいい」と、そう勇気づけてくれる言葉だったから。私は「それ」に微笑んで、自分の敵にまた向きなおりました。

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