裏29話 ゼルデを助けに(※三人称)

 最高の屈辱、確かにそうだ。これだけの仲間が集まっても、あの本体を倒せなかった以上。マティがそう呟くのは決して、不思議な事ではなかった。


 彼等は、敗北を味わった。それもただの敗北ではなく、真の意味で「負け」を感じてしまった。だんだんと明けはじめる空がそうであるように、一つの戦いが見事に終わってしまったのである。彼等は不快な脱力感、不思議な疲労感を覚えて、その場にしばらく立ちつくしてしまった。「まあ、それでも」

 

 そう言ったのは一体、誰なのか? それは、誰にも分からなかった。それに続いたのが、シオンなのは分かったけれど。シオンはいつもの場所に矢を戻して、朝日が昇る空を眺めはじめた。「誰も死ななかったのは、不幸中の幸いかもね? アイツ自体は、仕留められなかったけど。アイツに殺されるよりは、ずっとマシ。生きていれば、アイツとまた戦えるから」

 

 残りの仲間達も、その意見には賛成だった。生きていれば、アイツとまた戦える。また戦えるなら、今度はアイツに負けないかも知れない。「勝利」も「敗北」も紙一重の世界に生きている彼女達だが、その考えだけは誰もが同じだった。彼女達は残念そうな顔で、互いの顔を見あった。「まったく。ここに飛ばされただけでも驚き」

 

 マティは、その続きを遮った。その続きを遮るのは申し訳ないが、彼には「それ」よりも聞きたい事があったらしい。彼の表情から「それ」を読みとったらしいミュシアも、彼の制止を咎めるどころか、彼に「分かっている」と微笑んで、周りの少女達にも「彼の言葉を聞こう」と促していた。マティは、彼女の厚意に頭を下げた。


「お前達の状況は、おおね分かった。元いた場所から突然に飛ばされた事も、そして、自分が気づいたらこの町にいた事も。お前達の話が『正確だ』とすれば、それがお前達の現状で」


「向きあうべき問題。そして」


「そこから抜けだすべき課題?」


「そう、抜けだすべき課題。そこから抜けださなければ、ゼルデの事を助けられない」


 マティは、その言葉に目を見開いた。その言葉に驚いた事もあったが、それよりもゼルデの事を心配に思ったらしい。態度の方は相変わらずに無愛想だったが、彼がミュシアの目を見つめる眼差しや、その僅かに見える動揺からは、彼の不安がしっかりと窺えた。マティは遠くの空に視線を移して、その空をじっと見はじめた。「想像の範囲でいい。ゼルデは今、どうなっている?」

 

 ミュシアは、その質問に目を細めた。質問の答えに胸を痛めるように。


、あの町を、町の中を。ゼルデは今も、あの見えない監獄に」


「何処だ?」


「え?」


「その監獄は、何処にある?」


 ミュシアは、その質問に答えた。今度は、その質問に希望を抱くように。ミュシアはマティに町の場所を教えると、穏やかな顔で自分も遠くの空に目をやった。


「ゼルデもきっと、喜ぶ。貴方がもし、自分の所に来てくれたら。昔の感動をきっと、思いだす。昔、絶望の中で」


「その話は、どうでもいい。今は、ゼルデの救出が第一だ。自分の仲間がすべていなくなった以上、ゼルデも」


 きっと不安に違いない。そうマティが言いかけた瞬間、カーチャがその会話に割りこんできた。カーチャは何か言いだしにくい事があるらしく、自分と同じような表情を浮かべているツイネが「確かにそう思う」と呟いた時も、それに何度かうなずいて、マティの前にゆっくりと歩みよった。


「ゼルデはきっと……いや、あたし達が考える以上に!」


「なんだ?」


「大変な目に遭っている。あたし、変かも知れないけど。ほんの少しだけ」


「見たのか?」


「み、『見た』って言うより! 一緒にいたような気がする。ゼルデと一緒にいて、何か特別な旅を続けていた気がするワン」


 その言葉には、ツイネも「うんうん」とうなずいた。彼女もまた、カーチャと同じような感覚があるらしい。その詳しい内容は覚えていないが、自分がゼルデと何か特別な関係、今のつながりとは違った関係にあったような感覚を覚えていた。


 ツイネは「それ」に戸惑ったが、「世界の改変」と言う現象に行きつくと、その答えが何となく分かって、自身の気持ちにも落ちつきを取りもどした。「とにかく言えるのは、『ゼルデが危ない』って事。それは絶対に間違いないし、今もきっと続いている。ゼルデはあたし達がこうしている間も、あの町に苦しめられているんだ。町の中に潜んでいる、その」

 

 ミュシアも、その言葉にうなずいた。ミュシアは真剣な顔で、マティの顔に目をやった。マティの顔は彼女と同じ、真剣な顔を浮かべている。


「マティさん」


「なんだ?」


「迷惑かも知れない。でも、どうか」


「助けてやる」


「マティさん!」


「でも、善意からじゃない。アイツには、色々と……。まあ、そんなわけだ。俺にも、俺の責任がある。アイツに対する、俺なりの責任が。それを無視するのは、俺の誇りが許さない」


 マティは、自分の仲間達に目をやった。自分の仲間達に「文句はないな?」と言いかけるように。彼は真面目な顔で、二人の目を見つめた。「行くぞ、マノン」


 マノンは、その言葉にうなずいた。その言葉に愛を感じるように。「ええ、行きましょう。ゼルデの事を助けに」


 マティは、その言葉にうなずいた。それから残りの一人にも、「ライダル」と呼びかけた。彼は鋭い眼光で、少年の顔を見つめた。少年の顔は、その眼光に強張っている。「ライダル!」


 ライダルは、その言葉にうなずいた。その言葉に興奮と、そして、信念を抱くように。彼は真剣な眼差しで、マティの目を見かえした。「行きます、僕も! を助けるために。僕も、彼と話がしたいから」

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