裏28話 最高の屈辱(※三人称)

 飽きた、この戦いに? その死力をかけた戦いに? 


 そんなのありえない、事ではなかった。ライダル達が「それ」を信じられなくても、当の本人がそう言っているのだから。それを否める根拠はない。事実、鞘の中に剣を戻しているし。彼だがどうこう考えなくても、それが事実である事は確かだった。


 本体は自分の周りを見わたして、ライダルの顔にまた視線を戻した。「個人的には、充分に楽しめたし。ここに残る理由も……まあ、色々と言われるだろが。個人的には、無いしね? 残る理由もない以上、ここに留まる必要もない。悪いけど」

 

 ライダルは、その言葉を遮った。それはあまりに身勝手な事、本当に自己中心的な事だったからである。町の人々に(ライダルの感覚では)迷惑を掛けておいて、「今度は自由に逃げる」とか。ライダルの気持ちとしては、どうしても許せなかった。


 彼には今回の事態を招いた責任、それを果たす義務がある。それを償う義務も、彼には充分にあるのだ。それなのに逃げようだなんて。とても認められない。彼は今すぐにでも、町の人達に謝らなければならないのである。ライダルは真面目な顔で、彼の方に剣を向けた。


「それは、ないよ。『勝手に来て、勝手に消える』だなんて。自分勝手にも程がある。君は」


「謝らなければならない? 町の人々を恐怖に陥れた、『その責任を取れ』と?」


「うん。それが君の、いや、『人間の責任だ』と思うんだ。暴れるだけ暴れて、それから」


「ねぇ?」


「なに?」


「『責任』って言うのは、何だろうね?」


 ライダルは、その言葉に目を見開いた。それの意味するところが、まったく分からなかったからである。本体が彼にまた「それはなぜ、取らなければならないのだろう?」と問いかけた時も、それに戸惑うばかりで、その答えは一つも答えられなかった。


 ライダルは自身の葛藤、問いの答えに苛立って、相手の顔をじっと睨みつけた。「分からない。でも、『取るべきモノだ』とは思う。人間が人間として生きていく以上は、それと向きあうのも」

 

 本体は、その続きを遮った。「その続きは、言わなくても分かる」と言わんばかりに。彼は「楽しい」とも「おかしい」とも言えない顔で、ライダルの目をじっと睨みかえした。

 

「必要だから、しなくてはならない? それは君の……いや、君達のエゴじゃないか? 『責任』と言う言葉を使えば、相手にどんな責務も負わせられる。相手は好き好んで、その行動を取って」


「いるわけじゃない? それじゃ、君は?」


「それに答える義務はないよ? 君は、こちらの上司じゃないからね? 命令なんて許されるわけがない。君ができるのはただ、こちらの行動を認める事だ。『こちらは、こう言う存在だ』と、そう無言の内にうなずく。君はただ、この事件から手を引けばいいんだ」


 ライダルは、その言葉に「カッ」となった。その言葉は、あまりに身勝手すぎる。彼の存在で、どんなに多くの人が苦しんだか? 夜も眠れず、不安な毎日を過ごしたか? その想像がすっかり、抜けていたからだ。「自分は、自分は好き勝手に振る舞える存在だ」と、そう堂々と訴えていたからである。


 ライダルは「それ」に腹立って、目の前の本体に剣を振るった。だがもちろん、その剣は止められる。彼がどんなに怒ろうが、それが相手に届くことはなかった。ライダルは「それ」にも苛立つ一方で、相手の顔はしっかりと見つづけた。「君は、と同じだ。自分の感情にのみ従って、周りの迷惑はちっとも顧みない。本当に自己中心的な人物だ。『自分さえよければ』と考えて」

 

 本体は、その言葉に目を細めた。それに苛立ったわけでも、また腹立ったわけでもなく。ただ、「一つの言葉」とでしか受けとらなかった。本体は「それ」に微笑んで、彼の剣を軽々と捌いた。「そろそろ、お別れだ」

 

 ライダルは、その言葉に目を見開いた。その言葉に心から驚いて。


「え?」


「さっきも言っただろう? 『ここに留まる理由はもう、ない』って? 留まる理由もないのに、留まっていても仕方ない。こちらは、こう」


「ま、待って! そんな事」


 許されるわけがない。そう思ったのは、ライダルだけではなかった。彼等の会話を聞いていた、マティも同じ。彼もまた、本体の逃亡を許していなかったのである。マティは自分の大剣を構えて、本体に身体に斬りかかろうとしたが、本体の方がそれよりもずっと速かった。マティが本体の身体に大剣を振りおろした瞬間、本体の身体が消えてしまったからである。


 マティは、その光景に驚いた。驚いた上に「くっ!」と苛立った。マティは不機嫌な顔で、敵の姿を捜した。「何処にもいない」

本体の姿が、あのせせら笑いが、一瞬の内に消えてしまったのである。マティが自分の周りをまた見わたしても、視界に入ってくるのはライダル達の姿だけで、本体の姿はどんなに探しても見つからなかった。

 

 マティは、ライダルの顔に視線を戻した。彼の顔もまた、マティと同じ表情を浮かべている。まるで「目の前の光景が信じられない」と言うように、不思議そうな顔を浮かべていた。マティは、ライダルの顔から視線を逸らした。「本当に厄介な、面倒な相手だった。奴自身を仕留める事も出来ず、その上に取り逃がして。これは、最高の屈辱だ」

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