裏27話 飽きた(※三人称)

 舐められるのは嫌い。その度合いはどうであれ、それが彼女達の本心だった。自身の努力が否まれ、その精神も蔑まれたのなら、それに(もちろん)怒りを覚える。自分の武器を握りしめて、そこに憤怒を覚える。相手には「それがどうした?」と言えるような事だが、さまざまな困難を乗りこえてきた二人には、それが最大の侮蔑に思えた。


 相手は今も、自分達の力を侮っている。それが「敵の実力から出た真実だ」としも、この二人にはやはり悔しかった。二人は仲間達の事を気遣う一方で、その敵をじっと睨みつけていた。「ふざけた奴ね、ガチでムカつく! あたいの事を笑ってさ、本当に」

 

 そう苛立つトモネだったが、相手にはやはり通じなかったらしい。彼女が「それ」に「きぃいい!」と怒った時も、それに怯えるどころか、逆に「クスッ」と笑って、彼女の事をまた見くだしていた。トモネは、その笑みに「カチン」と来た。その笑みを見て、本当に「プツン」ときてしまったらしい。「このぉおお、ぶっ殺してやる!」

 

 本体はまた、彼女の言葉に「ニヤリ」とした。彼女の言葉を心から見くだすように。「いいよ、挑んできなよ? そんなに怒っているならさ、相手の身体をぐるぐる巻きに」

 

 すればいい。そうトモネを煽る本体だったが、そこは数の多さで、相手に「それ」を阻まれてしまった。トモネが彼の挑発に乗せられた瞬間、そのリーダーたるサクノが彼女に「相手の挑発に乗っちゃ駄目」と言ったからである。


 サクノは鼻息荒いトモネの隣に立って、彼女の心を何とか落ちつかせた。「相手は、それを狙っている。あんたの隙を狙ってさ、そこを一気に突こうとしているんだ。相手がそれを狙っているのに、あんたがそれに付きあう事はない」

 

 トモネは、その言葉に「ハッ」とした。「言われてみれば、確かにそうかも」と、そう内心で思ったのである。相手は自分に挑発を掛ける事で、その隙を作だそうとしているのだ。そうでなければ、こんなに分かりやすい挑発など見せる筈がない。相手の気持ちを逆なでするような、そんな感じの挑発など。トモネは自分の頭を振って、その呼吸を何度か繰りかえした。「ごめん、あんがと」

 

 サクノは、その言葉に微笑んだ。言葉の調子から察して、彼女が本当に落ちついたのを察したらしい。トモネがまた敵の方に向きなおった時も、穏やかな顔でその横顔を眺めていた。サクノはワカコに目配せして、その連携を促した。「彼女との連携を活かせば、あの相手にも多少は抗えるかも知れない」と、そんな風に考えて。


 だがそれも、本体には通じなかった。彼女達が扇と輪の連係攻撃を仕掛けた時も、それを難なく躱しただけではなく、そこから彼女達に反撃を加えて、その見事な連係を打ちやぶってしまった。本体は、彼女達の武器に鋒を向けた。「悪くない攻撃だけど。そんな程度じゃ」

 

 少女達は、その言葉に苛立った。特にサクノは不快な顔で、相手の剣を見つめた。彼女達はエウロとピウチが空中から本体に攻撃を仕掛けた時も、その空隙をじっと眺めるだけで、そこから動く事もまた、彼女達の攻撃に加わろうとしなかった。「本当に厄介な奴」


 サクノは不満げな顔で、敵の顔を睨んだ。敵の顔はもちろん、空中の二人に目をやっている。

「ここまで強い相手は」


 トモネは、その言葉に目を細めた。彼女もまた、それと同じ思いを抱いたらしい。「初めて、じゃないけど。流石に強すぎ。ここにいるみんなで、攻めているのにさ? それでも」


 勝てないのが現実だった。味方の全員がどんなに頑張っても、この敵に傷一つ付けられない。すべての攻撃が、弾きかえされている。彼女達の後から攻撃に加わった面々も、その強さにはかなり苦しめられていた。少女達は悔しげな顔で、その光景をじっと見はじめた。「もう、最悪! こんなに強いなんて! これじゃ」


 ライダルは、その言葉に眉を寄せた。彼も彼で、その言葉に苛立っていたからである。彼は本体の隙を何とか探しだそうとするが、笛使いのニィが「それ」に加わっても同じ、今はあまり動けないティルノが加わっても、それを打ちやぶる手はまったく見つからなかった。


 さっきからずっと黙っているカーチャも(何やら色々と考えているようだ)、目の前の光景をじっと眺めているだけで、それに「加わろう」とする気配はない。ただ、そこにぼうっと突っ立っているだけだった。ライダルはそれらの光景に暗くなりつつも、内心ではまだ戦う気力を保っていた。「こそ、どうすれば?」

 

 どうすれば、この敵に勝てる? これだけの人間が集まっても勝てない、この敵を。一体、どうやって倒せばいい……そう思いかけた瞬間だった。少女達の攻撃はまだ止まないものの、その空気に僅かな変化が見られたのである。彼の感覚でしか分からない僅かな変化、妙な違和感がその神経に走ったのだ。それを見ていたマティも、彼と同じような表情を浮かべている。


 ライダルはその違和感に戸惑ったが、本体の動きが急に止まると、それに意識を奪われて、その感覚をすっかり忘れてしまった。「な、なんだ? 一体」

 

 本体は、その言葉に応えなかった。それが本体に聞こえなかった事もあったが、本体自体がもう違う事に意識を向けていたらしい。ライダルが本体の顔を睨んだ時も、その視線にまったく気づいていなかった。本体は「ニヤリ」と笑って、自分の周りを見わたした。「飽きたよ、もう。こんな戦い、続けても無意味だ。自分はもう、消えさせてもらう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る