裏24話 反撃の時間(※三人称)

 そんな事は、ありえない。相手はあの、マティなのだから。そんな程度でられる筈がない。ましてや、正面から迫った攻撃など。マティにとっては、ただの悪あがきでしかなかった。マティは、相手の攻撃を捌いた。その上で、相手との間に距離を取った。相手が自分に攻めこめない、その微妙な距離を。たった一度の反撃で、「それ」を作ってしまったのである。


 マティはマノンの前まで下がって、そこから相手の顔を見かえした。相手の顔はやはり、その顔に「ニヤリ」と笑っている。「余裕だな? 『自分の攻撃が捌かれた』と言うのに?」

 

 相手はまたも、彼の言葉を笑った。言葉の意味はどうであれ、本体には「それ」がどうでもいい事だったらしい。マティが自分の方に大剣を向けた時も、それをしばらく見つめただけで、その大剣自体にはまったく恐れていなかった。


 本体は彼の大剣に向かって、自分の剣をまた向けなおした。「まあね? 貴方は、確かに強い。強いが、そう怯える相手でもない。貴方は『冒険者』としては一流だが、その内側には甘さがある。相手の気持ちをおもんぱかるような、そんな感じの甘さが」

 

 マティは、その言葉に目を見開いた。言葉の意味にはもちろん、それが言わんとする事にも。彼は前の自分とは違った感情、人間らしい甘さに思わず戸惑ってしまった。「俺が、甘い? この……」

 

 平気で自分の仲間を殺した、自分が? 相手に「使えない奴だ」と言って、自分の仲間をパーティから追いだしてきた自分が? 人並みの甘さを持っているなんて。冗談にしても、酷すぎる。自分は今も……いや、今も同じだろうか? 自分が思うように前と……ううん、分からない。確かに甘くなった気もするが、それは「気もする」だけで、本当に「変わった」とは思えなかった。


 自分は今も、あの冷酷さを持っている。

 人間を「人間」と思わないような、そんな非情さを持っている。


 ライダルやマノン達は、そうは思っていないようだが。過去の記憶がまだ残っているマティには、その感覚がどうしても持てなかった。それゆえに「う、ううう」とうつむきかけたが、その気持ちもすぐに消えてしまった。


 今は、過去の罪を思いだしている場合ではない。マティは自分の大剣を構えて、目の前の敵にまた向きなおった。「甘かろうが何だろうが、今はお前を倒すだけだ。この町に災いをもたらすお前を、ただ」

 

 彼がそう言いかけた瞬間、だろうか? 相手の剣が「キラリ」と光って、彼の間合いに入りこんだ。相手はマティの反射を超えて、その首元に刃を入れようとしたが……それを妨げる存在が複数、その剣を見事に防いでしまった。本体は彼女達の前から離れて、その顔をゆっくりと見わたした。「?」


 何者か? その答えは、彼女達の仲間が分かっていた。ミュシアの「あっ!」と驚く顔を見ても分かるように、それがしっかりと分かっていたのである。ミュシアは彼女達の近くに歩みよって、その背中に「みんな」と話しかけた。「来てくれた」

 

 少女達は、その言葉に微笑んだ。それ自体には驚いていても、彼女の「来てくれた」には心から喜んでいたのである。少女達は今の状況があまり分かっていなかったが、自分の仲間達が他にもいた事や、ミュシアが自分達に今の状況を(できるだけ簡単に)話してくれたおかげで、最初の驚きを何か忘れることができた。「なるほどね。あたし達は、つまり」

 

 あの場所から飛ばされたわけか。「世界が変わる」と言う、あの町からここに移されたわけである。それがどう言う原理かは分からないが、つまりはそう言う事で間違いないようだった。少女達はそれぞれに箒や重火器、その他得意武器などを持って、彼女が「敵だ」と言う相手に向きなおった。相手は、それらの視線に眉を寄せている。「幽霊の本体、か。正直、信じがたいけど」

 

 そう「ニヤリ」と笑ったのは、愛用のボーガンに特殊な弾を入れたボウレだった。ボウレは愛用のボーガンを構えて、相手にその銃口を向けた。「まあ、そう言う奴もいるよね? この広い世界にはさ。幽霊の一人や二人くらい」

 

 相手は、その言葉に眉を寄せた。それに怯えたわけではないが、その言葉自体には不快感を覚えたらしい。ボウレが周りの仲間達に目配せした時も、それに何やら呟いて、ボーガンの銃口に剣先を向けた。「まったく、次から次へと。君達は、本当に厄介な相手」

 

 それを遮ったのは、彼の頭上を飛んでいたユイリだった。ユイリは彼の顔をしばらく見おろしていたが、やがて自分の周りを見わたしはじめた。彼女の周りには、その仲間達が、例の空隙部隊が飛んでいる。彼女達はユイリと同じような表情(恐らくはまだ、今の状況に驚いているのだろう)を浮かべていたが、その態度には余裕らしき物も見えていた。「確かに異常な事態では、あるけれど」

 

 スラトがそう言えば、残りの少女達も「それ」に続く。グウレが「こうなったら仕方ない。全力で潰すだけね? あの恐ろしい? 敵を」と言えば、それ以外の少女達もうなずく。少女達は地面の敵を見おろして、その顔をじっと睨みつけた。「そうだね、ミュシア達も彼奴に苦しんでいるようだし。これは、放っていけないね? ここからは、あたし達のだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る