裏23話、侵略、かな?(※三人称)

 その一撃は、残念ながら防がれてしまった。アスカへの攻撃は辛うじて防げたが、本体の力量がやはり高かったらしく、少年の剣に驚きはしたものの、それ以外の反応はまったく見せないで、彼の剣を見事に弾いてしまった。


 本体は、彼の力を嘲笑った。彼の力は、あまりに弱い。その保護者たる人物(あるいは師匠?)はなかなかに強かったが、それと比べてもやはり弱い。正直、目を瞑っても勝てるような相手だった。


 本体は目の前の少年が弱すぎる事、そして、今いる敵の中では最も弱いだろう事に「ニヤリ」と笑ったが、その一方では「彼等と戦っても無意味、つまりは何の利益にもならない」と思いはじめた。「さて」

 

 ライダルは、その言葉に苛立った。その言葉には侮蔑、それも自分への嘲笑が感じられたからである。本体が鞘の中に剣を戻した時も、それに思わず苛立ってしまった。ライダルは自分の後ろにアスカを立たせて、目の前の敵をじっと見はじめた。「逃げるのか?」

 

 本体は、その質問にほくそえんだ。その質問には、あまりにマヌケである。


「まさか? この場所から離れるだけだよ? お前達のような人間が現れた以上は、ね。ここにいても仕方ない。自分は」


 そこに割りこんだマティが本体の背中に斬りかかったのは、その背中に僅かな隙を感じたからだろう。マティは本体が自分の方に振りむくよりも先、それに「なに?」と驚く声を掻き消して、背中の真ん中辺りに大剣を振りおろした。


 だが、それにも気づいてしまう本体。大剣の風圧には驚いたが、その刃にはあっさりと気づけたようだ。大剣の刃からも、余裕で逃げきっている。本体は誰の攻撃も受けない場所、つまりは最高の場所まで下がってしまった。


「まったく、。こっちが話している間」


「襲うのは、当然だ。お前にそれだけの隙があった以上、それを狙うのは至極当然」


 マティは鋭い眼光で、自分の敵を睨みつけた。だがもちろん、それに怯むような敵ではない。マティの奇襲に驚きこそしたが、それは「敵の中ではマシな方」と言うだけで、その力量にはまったく怯んでいなかった。本体は自分の周りを見わたして、マティの顔に視線をまた戻した。マティの顔は、「苦しい」とも「悔しい」とも言えない表情を浮かべている。


「確かにね。でも、それはこちらも同じだ。自分の勝てる機会があれば、その機会に全力を……お前達の場合はそうでもないが、可能な限りに注ぎこむ。それが自分のポリシーで、これからも続く流儀かな?」


「これらかも続く流儀、か? その流儀に全員が、この町の連中が付きあわされたわけか? お前が分身を作った事で、それに」


「怯えたのは勝手だよ、あの分身を『幽霊だ』と騒ぐのもね? 彼等は、自己の恐怖に怯えただけだ」


「町の人々を怖がらせて、何の意味があったんだ?」


 本体は、その質問に目を細めた。質問の内容に苛立つように。


「まあ、侵略かな? 人間の精神を壊す、侵略。自分はただ、その目的に従っただけだ。それ以外の意図もなく、ただ」


「なるほど。それじゃ、お前は」


「うん?」


「誰かの下部か? それとも、組織の末端?」


 その質問に本体が黙ったのは、「末端」の部分に不満を抱いたからだろう。その事実は別として、気分を害した事に変わりない。マティが彼の目を見つめた時も、それに何らかの怒りを見せていた。本体は己の自尊心を傷つけられたのか、今までの考えをすっかり捨てて、彼等の抹殺、その殺害に考えを戻した。彼等の事は、何が何でも殺さなければならない。


「不遜な奴等だ」


「なに?」


「自分の立場もわきまえず、こちらを見下すような言葉。それは許しがたい、罪深き事だ」


 マティは、その言葉に目を細めた。その言葉があまりに失礼、相手への侮蔑で溢れていたからである。マティが相手の目を睨んだ時も、それに怯むどころか、反対に「ニヤリ」と笑っていたのは、それを示す最大の証拠だった。「自分は相手にとって、取るに足らない存在」と言う証拠、それを表す意思表示だったのである。


 マティは「それ」に苛立ったが、表情には「それ」を見せず、自身の大剣を構えたままで、相手の間合いにサッと入りこんだ。「口だけでは、いくらでも言える。だが、それに実績が伴わなければ」


 そう、意味がない。口だけの戦意は、ただの慢心でしかないのだ。慢心を持った相手は、どんな強敵でも弱くなる。冒険者としての経験を積んでいるマティには、その真理が痛いほどに分かっていた。相手は、自分の力に酔っている。「相手が自分よりも下だ」と、そう内心で思っている。マティに自分の領域を侵されてもなお、「ニヤリ」と笑っていられるのは、気持ちのどこかで慢心を抱いている事に他ならなかった。


 マティは身体の遠心力を使って、相手の胴体に大剣を当てた。だが、おかしい。当たった感触は確かにあったが、それが相手の身体を切り裂く感触は、どんなに待っても感じなかった。マティは自身の感覚に疑問を抱く一方で、相手の顔をじっと睨みつけた。相手の顔は、彼の攻撃に「ニヤリ」と笑っている。


「何だ? 何が?」


「起こったのかは、分からなくてもいい。貴方は」


 相手は「クスッ」と笑って、マティの目を睨みつけた。その目に絶望を与えるように。「すぐに死ぬんだから」

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