嬢18話 狂った目覚め(※一人称)

 剣の本体から伝わってきた感触は、お世辞にも「気持ちいい」とは言えませんでした。本体の先から伝ってくる血も、その感情をより強くさせていた。「人間を斬る」と言うのは、「こう言う事なのだ」と、そして、「自分もまた、人殺しの一人になってしまったのだ」と、そう私に訴えていたのです。相手が私の剣に突かれ、その痛みに叫ぶ姿もまた、その現実をまざまざと見せていました。


 私は、その現実に震えた。震えた上に叫んだ。罪の意識に打ちひしがれる形で、その感情を叫んでしまったのです。相手の身体から剣を抜いた時も、ハルバージ君に「ヴァイン!」と呼ばれなければ、そのまま倒れるところでした。

 

 私は胸の奥から湧きあがる感情、その吐き気と叫びを押しころして、目の前の敵達にまた向きなおりました。目の前の敵達は、今の光景に青ざめていた。それもただ、青ざめていたわけではなく。「私」と言う人間が仲間の一人を殺した事に呆然としていたのです。私が倒した相手すらも、自身の置かれた状況に戸惑っていました。

 

 彼等は今の状況にしばらく黙っていましたが、やがて(恐らくは)いつもの調子を取りもどしました。その光景が、本当に恐ろしかった。先程までの空気がすっかり消えて、代わりに本来の殺気を取りもどす様が。恐らくは戦いになれているだろうハルバージ君達も、その変わりようには思わず驚いていました。彼等の空気に当てられた私も。私は敵の様子をしばらく見ていましたが、彼等がまた自分の方に向かってくると、あの感情をまた思いだして、彼等の攻撃を迎えうちました。


 彼等の攻撃は、凄まじかった。私の剣術(らしき物)を見た事で、私への警戒心が一気に上がったようです。最初は私の事を侮っていた敵はもちろん、先程の光景に驚いた者も。その全員が、本気に近い力を出していました。ですが、それに怯んではいられません。ハルバージ君もまた、彼等との戦いを始めたし。その統率者たる私が、逃げるわけにはいかないのです。


 私は自分の前に現われた敵、その青年との戦いに挑みました。青年との戦いはやはり、苦しかった。相手の動きは不思議と分かっても、その反撃が妙に激しい。私の攻撃を必死に跳ねかえしてくる。私が相手の脇腹に剣を突きさそうとした時も、その思考を瞬時に読みとったのか、剣の軌道をすぐに読んで、私の剣を見事に防いでいました。「強い、でも!」

 

 。ここで負ければ、すべてが終わってしまうから。自分が彼等との戦いに挑んでいる理由も、その闇に葬られてしまうから。絶対に負けられない。私は彼等に何としても勝って、自分の夢を叶えなければならないのです。己が道を突きすすむために。私は相手の剣を捌いて、その左腕に剣を振りおろしました。「食らえ!」

 

 相手は、その言葉に叫びました。「食らえ」と共に走った痛み、恐らくはでしょう。その激痛に思わず叫んでしまったのです。相手は自分の片腕を失ってもなお、目の前の私を睨んでいましたが、その表情はやはり険しく、私が彼の目を睨みかえすと、悔しげな顔で私の前から引いてしまいました。「この、くっ! こんな事」

 

 ありえない。そう思う気持ちは、分かります。私がもし、彼と同じ立場だったら。たぶん、彼と同じ感情を抱いたでしょう。「自分は相手よりもずっと強い」と思っているのに、その反撃を食らってしまったのなら。きっと悔しいに違いありません。最悪の場合は、自分の無力さに打ちひしがれるでしょう。彼が私の前から引く間際、私に見せた表情からも、その感情がひしひと伝わってきました。


 彼はパーティの後ろ側に下がって、恐らくは「医者」と思われる女性に傷の手当てを求めはじめました。ですが、それを見のがすモルノ君ではありません。彼は敵の劣勢を見るや、ハルバージ君達に反撃の好機を伝えて、自身も何やら不思議な構えを見せ(天に自分の剣を振りあげるような感じ)、真面目な顔で敵の顔を睨みはじめました。「すぐに逃げれば、良いモノを。まったく」

 

 冒険者達は、その言葉に怯みました。言葉の調子があまりに怖すぎて(つまりは、ドスが利いていて)、本能的な恐怖を感じてしまったのです。彼等の頭目らしき少年も、その調子には不思議な威圧感を覚えているようでした。


 彼等は「好奇心」と「恐怖心」とが入りまじった顔で、少年達の様子をじっと見はじめました。少年達の様子が変わったのは、それからすぐの事でした。少年達は……「」と言うべきなのか、今までとは違う雰囲気、今までよりも強い殺気を帯びて、目の前の敵にまた向きなおりました。その中には、あの気弱なトネリ君も混じっています。トネリ君は「本来の態度」とは掛けはなれた表情、かなり強気な態度を見せていました。「殺してやる」

 

 その言葉もまた、物騒。相手の顔を睨みつける目にも、それと同じくらいの殺気が漂っていました。トネリ君は……いや、トネリ君だけではありません。彼も含めた全員が、裏Aの冒険者達に斬りかかったり、殴りかかったり、飛びかかったりしました。


 彼等は相手の悲鳴を聞いてもなお、楽しげな顔(あるいは、真面目な顔)で相手の身体を切りさきつづけました。「全員まとめて殺してやる!」

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