嬢16話 悪の剣(※一人称)

 少年の夢は、とりあえず忘れましょう。それに捕らわれるのは(色々と)不味いですし、精神衛生上でもよろしくありません。これからの旅にも、支障が出てしまいます。あの少年に捕らわれてしまった所為で、思わぬ事が起こってしまうかも知れない。


 それこそ、私の仲間がみんな……ううん、止めましょう。これ以上はただ、気持ちが滅入るだけです。頭上の空が、せっかく晴れているのに。自分の気持ちが曇っていては、その天気も霞んでしまいます。あの美しい空が、私の世界を包んでいるのに。だからこそ、いつまでも落ちこんでいるわけにはいきませんでした。私は仲間達の言葉を受けて、その場からゆっくりと歩きはじめました。「風が気持ちいい」

 

 それが自分の頬をかすめていく感触も、それと同じくらいに気持ちよかった。私は朝の憂鬱をすっかり忘れて、ある時には道端の花を、またある時には可愛らしい小鳥をうっとりしながら眺めていましたが、それを破る者が突然に現われると、今までの気持ちを忘れて、その不躾な邪魔者をじっと睨みはじめました。


 邪魔者の正体は、一人の冒険者でした。冒険者は私達との出会いに驚いているようでしたが、私達の正体を(あくまで私の感覚ですが)察すると、最初は「ニヤリ」と笑い、次には「クスッ」と微笑んで、私達の方にゆっくりと歩みよりました。「やあ、どうも」

 

 私達は、その言葉に苛立ちました。理由の方はよく分かりませんが、その言葉に妙な気配を感じたからです。私の隣に立っていたモルノ君も、不機嫌そうな顔で相手の顔を睨んでいました。私達はハルバージ君を代表にして、彼との会話に「とりあえずは、付きあおう」とうなずきました。「どうも。それで?」

 

 ハルバージ君は、相手の目を見つめました。その奥に潜む、相手の本心を探るように。「俺達に何か用?」


 相手は、その言葉に応えなかった。それどころか、その言葉に「ニヤリ」と笑ってすらいる。相手は私達の力を侮っているのか、私達が相手の事を睨んでも、楽しげな顔で「それ」を睨みかえしました。「それは、考えなくても分かるんじゃないかな?」


 そう言って、またも「ニヤリ」と笑う相手。相手は自分の周りを見わたして、その周りに指を鳴らしました。彼等が現われたのは、その直後でした。周りの景色が当然に現れた冒険者達。彼等は森の中、草むらの中、枝の上などに隠れて、私達の様子をじっと窺っていたのです。自分達がこれから襲う獲物がどれ程に強いか、その力量をしっかりと見きわめるように。あらゆる場所に隠れては、その詳細を確かめていたのです。おとり役である彼も、その役割を担う一人でした。彼は周りの冒険者達に目配せして、その攻撃を「ニヤリ」と促しました。「やれ」


 その一言で、一斉に動きだす冒険者達。冒険者達は相当の数がいるらしく、三十人近い私達の数を見ても、それに怯むどころか、一人、また一人と、私達の所に戦いを挑みはじめました。その中には、「今日は、ついている。こいつは、かなりの報酬だ」と喜ぶ者すらいます。


 彼等は(私が見る限り)相当に強いようで、ハルバージ君が自分の敵に剣を振りおろしても、それがそのまま通らずに「ふん!」と防がれてしまいました。そこからもう一度、攻撃を仕掛けようと思っても同じ。相手との戦いがただ、ひたすらに続くだけです。


 周りのみんなも、(それぞれに程度の違いこそありますが)、彼と同じような事になっていました。みんな、文字通りの悪戦苦闘です。私達が有利になるような気配は、まったく感じられませんでした。冒険者達はその気配を感じて、私達への攻撃をさらに強めました。「食らえ!」

 

 誰がそれを言ったのかは、分かりません。ですが、とても楽しそうだったのは確かです。私達との戦いを心から楽しむような、そんな雰囲気が伝わってきました。彼等は私達とほぼ互角、相手に寄ってはかなり有利な状態で、私達との戦いをつづけました。私達も、その攻撃に応じつづけました。相手がどんなに攻めようとも、そこから逃げるわけにはいきません。彼等との戦いをほっぽりだすのも、これからの事を考える以上はありえない事でした。


 でも、それでも、やっぱり辛い。幸いにもまだ、死者は出ていませんが。それがいつまでつづくかは、分かりません。この中で一番に強いだろうハルバージ君も、敵との戦いに息が切れていました。


 冒険者達は、その光景を嘲笑った。嘲笑った上に「つまらないな」と呆れた。彼等は各々の武器を活かして、私達の事を少しずつ、でも確実に追いこんでいきました。「死ね、死ね、死ね!」


 私は、その言葉に苛立ちました。その言葉には、文字通りの侮蔑を感じたから。それにどうしても、苛立ってしまったのです。私はモルノ君の制止(自分達には覚醒状態があるような事を言っています)を振りきって、あの冒険者達に戦いを挑もうとしましたが……。


 異変が起きたのは、正にその瞬間です。私の右手が光って、そこに一本の剣、それも美しい剣が現われたのは、剣は水のように澄んでいて、それを握る私の手がはっきりと見えました。私は右手の剣に驚きながらも、それと共に湧きあがる力、身体の底から湧きあがるような力に胸を打たれて、目の前の冒険者達に「止めろ!」と走りよりました。

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