嬢15話 知性の宥め(※一人称)

 最悪な夢を見た私ですが、その朝は最高でした。朝の光はもちろん、その朝食も絶品。すべての物が、キラキラと輝いています。マルフォ君はサタリ君から夢の事を聞いていたので、周りの人達よりも「心配」と言うべきか、それに不安がっていました。私が彼の作った朝食を食べおえた時も、不安そうな顔で私の顔を見ていましたし。


 とにかく、「大丈夫かな?」と思っている感じです。私が彼の不安を和らげようとした時も、私の言葉に「分かった」と微笑んではいましたが、その表情自体はとても沈んでいました。マルフォ君は私の食器を下げる体で、その前にゆっくりと近づきました。「本当に大丈夫?」

 

 私は、その言葉に微笑みました。言葉の奥に潜む、「彼の不安を取りはらおう」として。


「うん、大丈夫、皆には、心配を掛けちゃったけど。アレはたぶん、私の無意識が」


「形になっただけ?」


 そう応えたのは、マルフォ君の近くに立っていたモルノ君でした。モルノ君はハルバージ君達のような華やかさはありませんが、どこか知的な雰囲気が漂う少年で、その目に掛けている眼鏡も知的。まるで国の教育機関で学問を学んでいるような、そんな雰囲気の漂う美少年でした。彼が大事そうに着ている服も、「お洒落」と言うよりは「真面目」と言う感じ。


 彼は私の態度から何かを感じたのか、マルフォ君に「今の場所を譲ってほしい」と言って、私の前にそっと歩みよりました。「それはちょっと、かも知れない」

 

 私は、その言葉に驚きました。その言葉が予想外だったからです。特に「早計」の部分には、思わず「え?」と驚いてしまいました。私は真面目な顔で、彼の顔を見つめました。彼の顔も、私と同じ表情を浮かべています。


「早計? 私の判断が?」


「うん、僕の考えでは。アグラッドさんの判断は、『早計だ』と思う。それを否める証拠も無いのに」


「で、でも! こんなのは」


「ただの夢かも知れない。それは、確かにそうかも知れないけど。ただ」


「モルノ君としてはやっぱり、気になる? 私の見た夢が?」


「うん。君には……これも僕の想像だけど、何か特別な力がある。刃物で自分の喉を掻ききろうとした瞬間、魔王様の城に飛ばされるような力が。君には、それと等しい力。それ以外にも、何か不思議な力を持っているような気がする」


 モルノ君は、自分の顎を摘まみました。そうする事で、自分の言葉をまた振りかえるように。


「アグラッドさん」


「は、はい!」


「君が見た夢、夢の中に出てきた少年は、どんな感じの少年だった?」


「どんな感じ? それは」


 一言では、言えませんが。とくかく話せるだけ話してみましょう。私が夢の内容を話す事で、何かの情報が得られるかも知れないし。ここは話して、損はありません。私は真面目な顔で、彼に少年の事を話しました。「彼は……」


 たぶん、私と同じくらい。正確な年齢は分かりませんが、おそらくは十四才くらいでしょう。その背格好もハルバージ君達と同じくらいでしたし、着ている服の印象もまた彼等と同じような感じでした。純粋な目の奥に真っ直ぐな闘志を燃やす少年。私達と同じようで、それと正反対の少年。それが夢の中で、私の仲間達と戦ったのです。少年は何か強い力を持って、私の仲間達を次々と倒していきました。


「でも、そんな事はありえない。いや、『ありえない』と思う。モルノ君達は、とても強いし。それが」


「ぼろくそにやられるなんて?」


「うん。少年はその、たった一人で私達と戦っていたようで。その全員と互角以上に戦っていた。あんなに強いハルバージ君達とも。少年は……『槍』って言うのか、どこか不思議な槍だったけど。それを使って、皆と戦っていた」


 モルノ君はまた、私の言葉に顎を摘まみました。今度はさっきよりも強く、その眼光を光らせて。モルノ君は自分の顎をしばらく摘まんでいましたが、やがて私の周りをゆっくりと歩きはじめました。



「え?」


「それはもしかすると、君の予知夢かも知れない。自分の身にこれから起こる事を」


「ま、待って!」


「うん?」


「それなら、とても不味いじゃない! 私の仲間達が皆、やられちゃうなんて! そんなの悪夢以外の何ものでもない。これは、由々しき事態だよ!」


 モルノ君はその言葉に怯みましたが、やがて普段の落ちつきを取りもどしました。それが今の「最善策だ」と言わんばかりに。


「確かにね。だが、それを手掛かりにもできる。ある種の事前情報として、その打開策も作られるんだ。僕達がもし、そう言う事態になった時の。そう言う意味では、君の予知夢はかなり優れた力だ。自分に自分の未来を見せる事で、その回避行動を取りやすくさせる。未来は、数ある可能性の一つだからね。必ずそうなるわけじゃない。それに近い未来は、来るかも知れないけど。まったく同じ未来には」


「ならない?」


「かもね? まだ、仮説の段階だけど。君が僕達に少年の事を話した事で、その未来も僅かに変わるかも知れない。僕達が自分達の未来を知った事で」


「そっ、か。それなら……その、いいんだけど。でも」


「でも?」


「やっぱり不安。あの夢には、胸騒ぎがする。彼はきっと、いや絶対に!」


「そうなった時は、それと戦えばいい。アグラッドさんの話では、敵は一人のようだから。『いくら強い』と言っても、この人数と戦うのは流石に辛い。必ずどこかで、返り討ちにあう。相手がたとえ、一流の冒険者であっても」


「そうかな……うん、そうだね。相手がどんなに強くても! 私達は」


 絶対に負けない。そう言おうとした私ですが、あの不安がどうしても拭えず、周りの仲間達には「何でもない」と誤魔化せたものの、内心ではやっぱり不安に怯えていました。私は、自分の頭上を見あげました。頭上の空に彼を、あの少年を思いうかべて。

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