裏22話 ゼルデの裏で(※三人称)

 剣の痛みは、分からない。それが目の前にあるのは確かだが、その刃が身体に当たる事はなかった。本体が自分の両手に力を入れても、それが当たる気配は見られない。ただ、それとぶつかる一本の鎌に驚くだけだった。ライダルは自分の剣を握った状態で、鎌の持ち主に視線を移した。


 鎌の持ち主は、少女だった。年齢の方は自分と同じくらい、その髪が美しい少女。少女は(今の状況に対して)詳しい事は分かっていないようだが、ミュシア達が彼女の登場に驚いている事や、彼女自身もその状況から何かを察した事もあって、本体の剣を捌いた後も、真面目な顔で相手の動きをじっと窺いつづけた。「ねぇ、ミュシア?」

 

 ミュシアは、その言葉に微笑んだ。それが持つ意味を含めて、彼女の疑問に「答えよう」と思ったようである。


「大丈夫、


「ミュシア達も、同じ? それじゃ?」


 少女は、自分の周りを見わたした。彼女の周りにはもちろん、その仲間達が立っている。仲間達は彼女の登場を今も信じられないのか、不思議な顔で彼女の姿を見つめていた。少女はミュシアの顔に視線を戻して、その目をじっと見はじめた。


「貴女達も、飛ばされたの? この場所に?」


「そう、貴女と同じように。私達も気づいたら、飛ばされていた。この場所に」


「ふうん、なるほど。それで?」


 少女は、少年の顔に視線を戻した。少年の顔は、彼女の眼光に戸惑っている。「彼は、味方? それとも、敵? 相手の剣にやられそうだったから、つい守っちゃったけど。彼がもし、私達の敵だったら」


 ミュシアは、その言葉に首を振った。それで、彼女の不安を取りはらうように。「大丈夫。彼は、味方。彼の後ろに立っている二人も」


 少女は、その言葉を無視した。それ自体は聴いていたが、その二人とやらを確かめたくなったらしい。少女は本体の動きを窺いながらも、真面目な顔でその二人を見はじめた。二人の容姿は「美しい」と言うよりも、麗しい。特に女性の方は、息を飲むほどに美しかった。彼女の視線に「クスッ」と笑いかえす態度にも、その美しさをはっきりと表している。彼女は世の女性が憧れる姿、大人の女性を見事に表していた。


 少女は女性の美しさに見ほれたが、本体が彼女の方にまた襲ってきた事もあって、彼女の微笑みに「クスッ」と笑いかえすと、目の前の本体に再び度視線を戻した。「しつこい!」

 

 本体は、その言葉を無視した。それを聞くのはもちろん、その言葉に言いかえすつもりもなかったらしい。少女が自分の剣をまた受けとめた時も、それに「やるな」と笑いこそしたが、彼女の疑問にもまるで答えようとしなかった。本体は彼女の鎌を捌いて、その前からすぐに退いた。だが、その退いた場所が悪かったらしい。相手の攻撃にこそ当たらなかったが、本体が少女の前から離れた瞬間、その背後に美しい太刀が襲ってきた。

 

 本体は、太刀の持ち主に視線を向けた。太刀の持ち主は、一人の少女。東方風の衣装をまとった、美しい少女だった。少女は本体の正体には気づいていないようだが、自分の知っている少女達が周りにいた事や、本体が彼女の登場に苛立っていた事もあって、それが自分の敵である事、自分の仲間達が「それ」と戦っている状況にある事を察した。「チア、これは?」

 

 チアは、その言葉にうなずいた。それが示す、彼女の動揺を感じて。


「私にもよく、分からないけれど。どうやら、飛ばされちゃったみたい。あの場所から」


「そんな! そんな事って?」


 ミュシアは、その会話に割りこんだ。彼女達の会話を遮りたかったわけではなく、チアと話す少女に今の状況をただ話したかったらしい。ミュシアは死神少女に代わって、少女に自分達の現状を伝えた。


「ありえる、あの町にあった何かが原因で。私達は、この場所に飛ばされた。それがどんな原理かは、分からないけど。でも」


「受けいれるしかない?」


「そう、受けいれるしかない。それが今できる、最善策」


「なるほど、それじゃ」


 少女は、自分の正面に向きなおった。彼女の正面には、例の本体が立っている。「今は、コイツを倒すしかないのね?」


 本体は、その言葉に「ニヤリ」とした。その言葉に油断を、ではない。彼女の力を侮っているわけでも。本体は彼女の実力を察した上で、それでも自分の優位を信じていたのである。「倒せるものなら?」


 少女は、その言葉に苛立った。それは、どう考えても挑発。彼女への確かな侮辱だった。少女は相手の挑発に乗りこそはしなかったが、今の言葉にはどうしても怒ってしまい、チアの「アスカ!」を聞いてもなお、真剣な顔で目の前の本体に斬りかかった。だが、それを受けながすのが本体。五人の少女と戦ってもなお、その優位性を失わない本体だった。


 本体は彼女の太刀を捌くと、楽しげな顔で相手の身体を斬りすてようとしたが……そこに割りこむ影が一つ。影は本体の剣を弾いて、自分の後ろに彼女を引かせた。「殺らせない、絶対に!」

 

 アスカは、その言葉に目を見開いた。それは自分のよく知る少年、ゼルデ・ガーウィンと同じ空気だったからである。アスカは少年の姿にゼルデを重ねて、その背中をじっと見はじめた。「貴様は?」

 

 そう、「スキル死に」から蘇った少年。に隠れて、その人生を歩んでいる者である。ライダルは自分の剣を構えなおして、目の前の本体にまた斬りかかった。

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