裏20話 幽霊の模写(※三人称)
ミュシアは、その言葉に微笑んだ。それが自分達への賞賛、それも「最大の賞賛」と言わんばかりに。彼女は少年の横に歩みよって、その横顔をじっと見はじめた。
「力を持っている。ゼルデがまた冒険者として立ちあがれたのは、彼女達の力があったから。ゼルデは今も、あの少女達に守られている」
「あの凄い、少女達に」
それなら、ゼルデ・ガーウィンは……。
「本当に幸せだ。あんなに素敵な」
「羨ましい?」
「え?」
「ゼルデの事、『羨ましい』と思う? ああ言う子達に囲まれて?」
「それは……」
別に、は違うか? でも、「羨ましい」とは違う。それが、特に「妬ましい」とも。自分が今、感じている感情は、この胸に抱いている思いは、人間の心に宿る希望だった。諦めずに進んでいけばきっと、その先に光りが見えてくる。自分の未来を灯してくれる、希望が見えてくる。彼が少女達との出会いで感じた思いは、そう言う希望に満ちた物だった。
ライダルは「ニコッ」と笑って、少女の顔に目をやった。少女の顔は自分と同じ、穏やかな顔で笑っている。
「僕は、ゼルデ・ガーウィンじゃない。彼の仲間は、彼の仲間だ。僕の仲間じゃない」
「でも、今は」
「え?」
「貴方の仲間でも、ある。私達は、貴方の事を助ける。あの幽霊に苦しめられている、貴方を」
それに「うん」とうなずく、残りの少女達。少女達は彼の方に向きなおって、クリナはまた彼にうなずき、シオンは彼に微笑み、マドカは彼に親指を立て、リオは彼に杖を見せた。それぞれが抱く、最大の敬意を込めて。少女達は目の前の幽霊に向きなおった後も、穏やかな顔で彼の不安を宥めつづけた。「アナタは、一人じゃないわ」
クリナがそう呟けば、リオも「そう言う事」とつづく。シオンが「だから、周りを頼っていい」と微笑めば、マドカが「それが『仲間』って奴だから」と走りだす。少女達はクリナの剣戟を合図にして、目の前の幽霊に弓、呪文、短剣をぶつけた。「暗黒の使者は、黄泉の国に還れ」
誰がそれを言ったのかは、分からない。だが、それが現実になったのは事実だった。幽霊は少女達の攻撃を受けて、自分の体を焼かれてしまった。「バカナ? ソンア?」
アリエナイ。ジブンは、無敵ノ影ダ。無敵ノ影ガこんなヤツ等二」
「ヤラレル筈が、ナイ」
それを否めたのは、彼の周りに結界を張ったリオだった。リオは白魔術の十八番である魔法、「浄化」の魔法を使って、幽霊の体にトドメを刺した。
「それは、貴方の傲慢だよ! 邪悪な物は、聖なる力には勝てない」
「ソンナ、事が」
ありえてしまう。それが、白魔術師の力だった。どんなに恐ろしい存在でも、その力で清めてしまう。彼女が幽霊に放った魔法も、そう言う類の魔法だった。魔法は幽霊の体をゆっくりと焼き、幽霊が体の炎に悶えてもなお、その体を焼きつづけた。
「ヤメロ、ヤメテクレ」
その後に聞えた悲鳴は、幽霊の断末魔か? それとも、新しい敵の合図か? その正解は、それを聞いている誰にも分からなかった。幽霊は魔術師の炎に焼かれて、闇夜の中に消えてしまった。「う、うううう」
リオは、その声に微笑んだ。それがみんなの、「勝利の合図だ」と分かったからである。彼女は仲間達の方に向きなおって、ライダルの前にそっと歩みよった。「終わった」
ライダルは、その返事に戸惑った。それに「うん」と応えても、その現実には「うん」とうなずけない。彼女が自分に笑いかけても、その笑顔に「ありがとう」と笑えなかった。ライダルは悔しげな顔で、目の前の少女に頭を下げた。
「ごめん」
「え?」
「その、変かも知れないけど。今は」
「大丈夫」
「え?」
「困っている人を助けるのは、当然の事とだから。特に」
リオは穏やかな顔で、マティの顔に視線を移した。マティの顔もまた、彼女の視線を受けいれている。「それが、自分の知っている人なら」
マティは、その言葉に眉を寄せた。それに複雑な思いを抱いた、のかも知れない。彼の内面は窺い知れないが、彼女に向ける視線や、自分の頭上を見あげる動きからは、その気配が少しだけ感じられた。マティは元の場所に大剣を戻して、かつての部下にまた視線を戻した。
「リオ」
「はい?」
「ゼルデに何があった?」
「分かりません」
「分からない?」
「はい。彼に一体、何があったのか? あたしは、まったく分からないんです。あたしも気づいたら、ここに飛ばされていて。あの後の事は」
「それでもいい」
「え?」
「お前の知っている事、お前達の知っている事を」
その会話に割りこんだのは、あの幽霊……ではないらしい。あの幽霊に姿こそ似ているが、その体に実体がある点や、幽霊とは違う普通の言葉を使う点で、それとはまったく違う存在、「幽霊の模写」とも言える存在だった。模写は「ニヤリ」と笑って、彼等の所に攻めかかった。「まさか、『アイツを潰す』とは。これは、全力で掛からないといけないらしい」
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