裏19話 頼もしい仲間(※三人称)

 幽霊は、彼等の攻撃に怯まなかった。本体が幽体である以上、人間の物理攻撃が通じる筈もない。相手の攻撃がどんなに強かろうが、それを意図も簡単に擦りぬけてしまう。マティが幽霊の本体に振りおろした大剣も、その原理で見事に擦りぬけてしまった。


 幽霊はフラフラと歩いて、マティの前に躍りかかった。彼の体に攻撃を仕掛けるために。だが、そこはマティである。幽霊の攻撃など通じない。幽霊が彼の体に手を伸ばした瞬間、その手を意図も簡単に避けてしまった。幽霊は恨めしそうな顔で、目の前の男に震えた。「ヤルナ、デモ」

 

 結局は、無駄。そう言いかけた幽霊だったが、それもマティに遮られてしまった。幽霊はマティの攻撃にこそ当たらなかったが、その風圧に吹き飛ばされてしまった。「ナニ?」

 

 マティは、その声を無視した。それを聞かなくても、相手がどう言う心境かは分かる。相手は、自分の力に怯えているのだ。自分の攻撃は通じなくても、「そんなのは無意味だ」と分かる相手に怯えていたのである。マティは自分の大剣を構えて、相手にそのきっさきを向けた。


「本体は、何処だ?」


 その答えは、無言。


「お前は言わば、分身。本体が作りだした、ただの模造品でしかない。模造品を壊しても、時間の無駄だ」


 マティは鋭い目で、相手の顔を睨んだ。相手の顔は、それに怯んでいる。


「もう一度く。本体は、何処だ?」

 その答えもやはり、無言。彼の恫喝を受けても、その口を決して開こうとしない。幽霊はマティの顔をしばらく見つめたが、やがてライダルの顔に視線を移した。ライダルの顔は、その視線に強ばっている。


「ツカエ」


「え?」


「オマエの力、スキル殺しヲツカエ」


「それは……」


 使うわけにはいかない。相手の力量が分からない以上は、その切り札を使うわけにはいかなかった。ライダルは自分の剣を構えなおすだけで、目の前の幽霊にはどうしも斬りかかれなかった。「クッ!」


 幽霊は、その声にほくそえんだ。彼がそう唸る声が、余程に嬉しかったらしい。彼の剣が悔しげに震えた時も、その光景に「クククッ」と笑っていた。幽霊は自分の特性を活かして、目の前の少年に襲いかかろうとしたが、「それ」を阻もうとする連中がいたらしい。彼が少年の体に飛びかかろうとした瞬間、その足下に矢が飛んできた。


 幽霊は「それ」に驚いて、矢の飛んできた方に視線を移した。視線の先には一人、「ミュシア」と名乗った少女と同い年くらいの少女が立っている。少女は自分の方に矢を向けて、こちらの動きをじっと窺っていた。「ダレダ? オマエは?」


 その答えを言ったのは、彼女の気配に気づいたミュシアだった。ミュシアは彼女の登場に驚いたのか、不思議そうな顔で自分の仲間を見はじめた。「、どうして?」


 シオンは、その言葉に「さあ?」と笑った。それはどうやら、彼女自身も分からないらしい。彼女はに目をやって、それからまた、ミュシアの顔に視線を戻した。


「気づいたら、ここにいたの。ミュシア達の話が聞える所に」


「そう。なら?」


「分かっている。そいつは、敵だよね?」


「敵、かなり厄介な相手」


「そっか」


 そこで押しだまる、シオン。シオンは「ニヤリ」と笑って、幽霊の背後にまた目をやった。


「敵だって!」

 

 それに応えたのは、幽霊の背後を取っていたマドカだった。マドカもシオンやミュシア達と同じ現象にあっていたが、シオンよりもここに来るのが少し早かったお陰で、幽霊の話も彼女より詳しく聞いていた。マドカはミュシアが自分の存在に驚く中、お得意の笑みを浮かべて、影の首元に短剣を突きさした。「ダメだぜ? 自分の後ろも気にしなきゃ?」

 

 幽霊は、その言葉に驚いた。それが自分の背後から聞えた上、その首にも短剣が向けられていたからである。幽霊は短剣の刀身をじっと見たが、やがてマドカの顔に視線を移した。マドカの顔は、彼の反応に「ニヤリ」としている。「イツノマニ?」

 

 マドカはまた、幽霊の言葉に「ニヤリ」とした。その言葉から感じられる動揺が、彼女にはとても楽しかったらしい。短剣の表面に覆われた火も、その興奮を表す印になっていた。マドカは燃焼効果のある火を使って、幽霊の体を焼きはらおうとした。だがそれも、やはり無意味だったらしい。実体の無い幽霊にとって、「火」と言う物理攻撃は無意味だった。幽霊は「ニヤリ」と笑って、マドカの短剣を弾いた。


「ムダだ。ソンナ攻撃、ツウジナイ」


「分かっているよ? だから、ここからは」


 アイツの出番だ。自分と一緒に(たぶん)飛ばされて、この場に現われた人物。自分が心から信じる仲間。その仲間に「あとは、よろしく」と頼もう。マドカは「フッ」と笑って、ある方向に視線を移した。視線の先には一人、白魔術師の少女が立っている。少女はミュシアの仰天に微笑んだが、やがて幽霊の顔に視線を移した。幽霊の顔はまたも、思わぬ敵の登場に驚いている。少女は最後の一人にトドメを任せて、幽霊の周りに結界を張った。


「貴方はもう、逃げられない。その中に入っている以上は! 貴方がたとえ、幽霊であっても! 結界の中からは、どうやっても出られない。貴方の特性も、無効化される」


 そう言って少女が移した視線の先には、剣士の鎧に身をまとった少女が立っていた。少女は彼女の思いをくんで、目の前の幽霊に斬りかかった。


「ありがとう、リオ。ここから先は、任せて」


 少女こと、リオは、その言葉に微笑んだ。それに絶対の信頼を寄せるように。


「うん、任せるよ。クリナ」

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