嬢13話 甘い声(※一人称)

 美味しいケーキは最高、ふかふかの寝床も最高。寝床はお世辞にもお洒落ではありませんでしたが、ハルバージ君が得意の魔力で作ってくれた事もあり、その寝心地は正に「最高」としか言えませんでした。その上で「スヤスヤ」と寝る事も、「最高の極地」としか言えませんでしたし。彼等が私にしてくれる厚意は、私が今まで出会ったどんな人達よりも親切でした。彼等がまるで、「人間以上の人間」と思えるように。彼等は善人よりも善人で、神様よりも神様でした。私が毛布の中で寝ている時も、時間別に周りの様子を見ているようですし。


 本当、感謝以外の言葉が浮かびません。彼等が私の周りを囲っている以上、この身は絶対に安全でしょう。彼等は普通の冒険者では敵わない、本物の精鋭なのですから。何があっても、負ける事はない。全戦全勝、すべての敵を倒してくれる。私の前に立ちはだかる敵を。だから、何も怖くなかった。私の夢に出てきた少年、その奇妙な少年と向きあった時も。特に「怖い」と思わなかった。彼が私の方に杖を向けた時でさえ、その杖に「ふうん」と笑っただけだった。私にそんな物を向けても、この状況は決して変わらないのに。彼は、目の前の私にまったく恐れていなかった。

 

 私は、彼の闘志に呆れました。こんな状況でありながらも、私の前から決して退こうとしない闘志を。そして、闘志に見せかけた無謀を。「呆れ」と「憐れみ」を込めて、嘲笑ったのであす。私は彼が私の顔をじっと見つめる中、穏やかな気持ちで仲間達の顔を見わたしました。「あの人がどなたかは分かりませんが。どうやら、私達と戦うつもりです。それも、たった一人で」

 

 仲間達は、その言葉に呆れました。「それは、あまりに無謀だ」と、彼等にも分かっていたようです。腰の鞘から剣を抜いたハルバージ君も、彼の無謀さに溜め息をついていました。彼等は自分の剣を構えて、少年のところに一人、また一人と斬りかかっていきました。

 

 少年は、その攻撃を迎え撃った。それだけではなく、お得意の杖らしき物も槍に変えてしまった。その変化は、本当に一瞬でした。私が瞬きするのとほぼ同時、杖のそれが槍に変わったのです。少年は光のオーラが漂う槍を構えて、相手の攻撃を捌きはじめました。

 

 仲間達は、その反撃に怯みました。その反撃には、無駄がありません。彼等のあらゆる攻撃、あらゆる防御に応じて、その正しい反撃を加えます。ハルバージ君やチョラ君達ですら、その反撃に応えられない。ただ、一方的にやられるだけです。少年が私の方に視線を移した時も、それに怒るだけで、その場からまったく動けませんでした。仲間達は、その光景に震えあがった。自分達が束になっても敵わない、そんな敵と戦っている光景に。文字通りの恐怖を覚えてしまったのです。彼等は少年の身体に触れる事すらできないまま、ある仲間は少年に足を、またある仲間は腕を、その槍にやられてしまいました。


 私は、その光景に怖じ気づいた。こんな光景は、ありえない。自分の仲間達がこうも、あっさりと負けてしまう光景は。「驚嘆」よりも「恐怖」の方が、勝っていました。少年がまた、私の方に視線を移した時も。その視線に思わず震えてしまったのです。私は少年の強さに震えるあまり、その場から思わず逃げだしてしまいました。ですが、それがいけなかったのでしょう。私が仲間達の前から逃げだした事で、少年が私の事を追いかけはじめたのです。少年は多くの妨害を退け、最後の防衛戦も破って、私のところに追いつきました。


「ヴァイン・アグラッド」


「え?」

 

 どうして、彼が私の名前を? そう驚いた私ですが、「これは夢だ」と言う事を思いだしました。これが夢なら、相手がそれを知っていても不思議ではありません。彼が私の事を攻める理由も、それ一つで語れてしまうのです。「夢の世界なら、どんな事もありえる」と。だから、不思議と嫌ではありませんでした。


 私は「これはどうせ、夢なんだから」と思いつつも、彼の槍がやっぱり怖くて、その攻撃に目を瞑ろうとしました。そんな時にふと、私の頬をなでた風。風は私の前に立って、相手の槍を(たぶん)止めてくれました。

 

 私は、その感覚に目を開けました。感覚のそれに驚いた事はもちろん、風の正体を「知ろう」と思ったからです。私は私の前に立っている少年、仲間の一人である美少年を見つめました。美少年の正体は、サタリ君です。サタリ君は華やか組の中でも特にお洒落で、その着くずした服装はもちろんですが、遊び心溢れる髪型にも、彼の高い趣向センスが窺えました。

 

 私は、彼の背中に見惚れました。その背中から伝わる気配、「私を守ろう」とする意思にときめいてしまったのです。私は目の前の彼にお礼も言えないまま、不安な顔で彼の背中をじっと見つづけました。


「サタリ、君」


「怖がらないで」


 甘い声。女性の心を溶かしてしまう、蜜のような声。それが、私の身体を撫でました。


「すぐに終わらせるから。君は、じっと待っていればいい」


 彼は「ニコッ」と笑って、相手の槍を捌きました。私の不安をそっと和らげるように。

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