嬢12話 料理少年(※一人称)

 。ううん、良い響きです。自分の追手を反対に狩る狩人。元貴族令嬢である私には「不相応な職業だ」と思いましたが、彼等が私にそう訴える以上は、「それも決して嫌ではない」と思いました。元貴族令嬢の人間が、文字通りの狩人になる。「これ」を物語として考える人には不満かも知れませんが、私個人としてはかなり満足でした。


 これなら、あいつ等にも殺られない。私の事を「ろう」とすれば、こちら反対にりかえす。教養のある人が聞いたら不快にも思うかも知れませんが、今の私には「それ」が現実で、また同時に理想でもありました。この理想を目指して行けば、その先にはきっと……。

 

 私は「ニコッ」と笑って、仲間達の顔を見わたしました。仲間達の顔は、私の顔に笑いかえしています。「不安がまだ、消えたわけではありませんが。私はもう、怯えません。私の前にどんな敵が現われようとも。私は私の意思に従って、その敵と戦います。私自身の覚悟に賭けて」

 

 仲間達は、その言葉にうなずきました。それも、飛びっきりの笑顔で。私の気持ちに応えてくれたのです。彼等は明日への休息として、「今日は、ここで休もう」と決めました。私も、彼等の言葉にうなずきました。「彼等がいくら強い」と言っても、その休息はやっぱり必要です。


 休める時には、しっかりと休む。彼等はそれぞれのグループにこそ別れましたが、仕事の分担はきちんと行ったらしく、料理が得意な人は料理係を、テント張りが得意な人はテント係を受け持って、野営に必要な準備を整えました 。野営の準備は、すぐに整いました。彼等の手際がいいのか、すべての準備がサクサクと進んだのである。彼等は倒木の上に私を座らせると、私の前に食事を運んで、その周りにゆっくりと座りました。


「まあ、食ってくれよ? たぶん、美味いはずだぜ?」


 そう言ったのは、私の前に料理を運んだマルフォ君です。マルフォ君は少年達の中でも背が高い方ですが、その腕捲りしている両腕も長く、少しふわりとした髪がとてもお洒落でした。彼が自分の腰に差している剣も、ハルバージ君と同じ金色ですし。彼等は華やか組のそれらしく、少年達の中では特に女性受けが良さそうな美少年でした。


「さあ、さあ?」


「う、うん。それじゃ、頂きます」


 そう言って食べた彼の料理は、最高でした。それが口の中に入った瞬間、食材の味が一気に広がって、私の舌を満たしてくれたのです。その後に飲んだスープも、それに使った出汁が良く利いていました。私は貴族の習わしなど無視して、彼の料理を黙々と食べつづけました。


「ああ……」


 幸せ。こんなに幸せなのは、生まれて初めてです。家の料理を食べてもぜんぜん、美味しくなかったのに。今は、彼の料理を食べる度に「ああ、良かった。生きていて、良かった」と思いました。私は周りの少年達に笑われる中、無我夢中で彼の料理を平らげました。「ご馳走様でした」


 マルフォ君は、その言葉に微笑みました。その言葉を心から喜ぶように。「お粗末様でした」


 私は、その言葉に微笑みました。それが私の心を温め、また励ましてくれたからです。私は彼への感謝を込めて、彼に何度も頭を下げました。


「本当にありがとう、こんなに美味しい料理を食べさせてくれて」


「いいや。それよりも」


「なに?」


「君は、甘い物は好き?」


 私は、その言葉に戸惑いました。それに「好き」と答えるのは簡単でしたが、その返事を何故か躊躇ってしまったのです。私は年相応の恥ずかしさでしょうか、複雑な気持ちで彼の顔を見かえしました。彼の顔は、私の答えをじっと待っています。


「うん、好き。甘い物は、子どもの頃からずっと好きだった。甘い物を食べると」


「嫌な事を忘れられる?」


「う、うん……。変に思うかも知れないけど、その時だけは嫌な事を忘れられた。甘いケーキを食べるだけで」


「そっか。なら、ちょっと待っていて」


「え?」


 それは一体、どう言う意味なのでしょう? 今の食事はもう、食べおえてしまったのに? それに「待っていて」と言う彼の気持ちは、私には分かりませんでした。私は彼への反応に困りながらも、それにただ従って、彼の事をじっと見はじめました。


「わ、分かった」


「ありがとう。それじゃ、少しお待ちを」


 マルフォ君は「ニコッ」と笑って、何かの料理を作りはじめました。それに目を奪われた私でしたが、彼が私の好きなケーキを作りおえると、その出来映えに思わず驚いて、子どものように「すごい!」とはしゃいでしまいました。彼は「それ」に喜んで、ケーキのついでにお茶も煎れてくれました。「食後のデザートにどうぞ?」


 私は、その言葉に胸を踊りました。特に「デザート」の部分、これには「はい!」と叫んでしまった。こんなところに来てまさか、食後のデザートが食べられるなんて。この旅を始めた当初には、考えられなかった事でした。私は少年達の視線を浴びる中、料理少年の作ったケーキを頬張り、同時にまた煎れてくれたお茶を飲んで、その心を思う存分に満たしました。


「ああ、最高。こんなに美味しいケーキは、初めてです! マルフォ君の煎れてくれたお茶も、すごく美味しいし。身体も、心も、満たされる。私、みんなと一緒に旅して」


「俺も、良かったよ。君に喜んでもらえて、胸の奥が満たされる。君は、食べさせ甲斐のある人だ」


 それに赤くなる、私。それではまるで、私が食いしん坊のように聞えますが。彼が私への厚意で料理を作ってくれた以上、彼に文句を言う事は出来ませんでした。私は恥ずかしさ半分、嬉しさ半分の顔で、目の前の料理少年に「ニコッ」と笑いました。「ありがとう、マルフォ君。また、作ってください。貴方の素敵な料理を」

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