裏17話 スキル殺し(※三人称)

 不思議な雰囲気の少女。それがライダルの抱いた、ミュシアの印象だった。吸いこまれそうな瞳の奥に何か、相手を引きつける物がある。相手の感覚を酔わせて、その本質を見ぬく目がある。本質の奥に眠る、真の力を呼びおこす力が。彼女の表情、視線、雰囲気、姿を通して、その力をふと感じてしまったのである。


 ライダルは彼女の前に歩みよろうとしたが、彼女の登場を怪しんでいたマティに「動くな」と言われて、その歩きだそうとした足を思わず止めてしまった。「で、でも! こんな夜中に女の子が!」

 

 マティは、その続きを遮った。「その続きは、聞かなくても分かる」と思ったらしい。隣のライダルはもちろん、後ろのマティに目配せした動きからも、彼の警戒心が窺えた。マティは今の場所に二人を待たせて、少女の前にゆっくりと歩みよった。「ミュシア?」

 

 ミュシアは、その言葉に「ハッ」とした。その言葉を聞いて、正気にどうやら戻ったらしい。彼女は今の自分が置かれている状況、「ここがどこなのか?」を知りたかったらしく、自分の周りをしばらく見わたしたが、その風景だけでは何も分からない事が分かると、不安げな顔でマティの顔に視線を戻した。マティの顔は無表情、彼女の顔をじっと見ている。


「どうして? 私は」


「ここにいる理由が、分からないのか?」


「分からない。どうして、こんなところにいるのか? 私はずっと、ゼルデと一緒だったのに」


「ここになぜか、飛ばされたのか?」


「そう。気づいたら、ここに。私は、自分の仲間達と」


 マティは、その言葉に眉をあげた。その言葉から察せられる事は色々とあるが、それでも考えられるのは一つしかなかったからだろう。彼の様子を見ていたライダルも、彼と似たような事を考えていた。マティは相手の目をまじまじと見たが、彼女が本物であるかも分からない上、依頼の件もあったので、一応の警戒心は持ちつつも、真面目な顔で彼女に自分達の現状を話した。


「お前の事を疑う訳ではないが、許してくれ。今の状況では、お前の事も疑わなければならない。お前が果たして、本物であるか? 俺とこうやって話している間も、実は俺達の隙を窺っているのではないか? そう疑わざるを得ないんだ」


「分かっている。そう思うのは、自然。特に貴方のような人なら」


「ミュシア」


「はい?」


「ゼルデは、元気にしているか?」


 ミュシアは一瞬、その答えに迷った。それに「うん」とうなずくのは、ちょっと違う。「だから」と言って、「いえ」と「否めるのも違う」と思ったらしい。彼女は彼女の知る範囲、マティにも自分が覚えている範囲の事しか話せなかった。


「私が覚えている限りは。ゼルデは、元気にしている。元気にしているけど、今は危ないかも知れない」


「なぜ?」


を受けたから」


「難しい依頼? その内容は?」


「町の異変を調べる事。私達はセンターの依頼を受けて、問題の町に向かった。そこで」


「異変が起きた?」


「そう、依頼と同じ異変が。異変は、私の世界を変えて……。私は、その変化に頭を痛めた。昨日までは、自分の仲間達と一緒だったのに。今は、自分の知らない土地に来ている。そこで貴方と会えたのは、不幸中の幸いだけど」


「お前の仲間達は、どうなった?」


「分からない。気づいた時にはもう、私一人だけだったから。どこで何をしているか? 今の私には、分からない」


「そうか」


 マティはマノンの顔に視線を移して、その表情に目を細めた。マノンの表情は、彼の視線に「クスッ」と微笑んでいる。おそらくは、彼の考えを察しているのだろう。


「なら、一緒に来い」


「え?」


「お前が本物であるかを見きわめるためにも。今は、お前の事を守る」


 マティは、ライダルの顔に目をやった。まるでそう、彼の同意を促すかのように。


「ライダル」


「は、はい!」


「彼女は、ゼルデの仲間だ」


「ゼルデ・ガーウィンの、仲間?」


「そうだ。お前がずっと会いたがっている、ゼルデ・ガーウィンの仲間。彼女がゼルデの仲間である以上、彼たちには彼女を守る義務がある。その正体を見きわめるためにも」


 マティがそこで一度黙ったのは、ライダルの動揺を抑えるためだろう。マティは真剣な顔で、少年の顔を見かえした。「文句は、ないな? 彼女を守る事に?」


 ライダルは、その言葉にうなずいた。それに応える時は戸惑ったが、マティの思いを汲みとって、その躊躇いがなくなったからである。ライダルは目の前の少女に「初めまして、ミュシアさん。僕、『ライダル』って言います」と言って、彼女に握手を求めた。


 彼女は、その握手に応えた。それも、まったく躊躇わずに。彼女は少年の手を握って、その厚意に微笑んだのである。だが、ふとそこで何かを感じたらしい。彼の手から伝わる何かを、その奥底で眠っている何かを。彼女は彼の魂を覗いて、その奥に眠る力を感じた。


「貴方の技能スキル


「え?」


「とても強い、あらゆるモノを壊してしまう力。すべての理を覆す能力」


 ライダルは、その言葉に震えた。その言葉が意味する事にも、そして、彼女の持つ力にも。彼は、言い様のない恐怖を覚えてしまった。


「その力は、一体?」


能力スキル殺し」


「スキル、殺し?」


「相手のスキルを壊し、ただの人間に戻す力。貴方には、その力が備わっている」

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