裏16話 なぜ、お前が?(※三人称)

 何かを訴えるような呻き声。それだけでは何も分からないが、それでも数少ない手掛かりには違いなかった。町の中に現われる幽霊は何か、その住人達に何かを伝えようとしている。彼等の恐怖心を煽ってまで、その内面を見せようとしている。


 町の人々からたとえ、自分が「怖い」と騒がれても。幽霊は彼等に自分の存在を表し、そして、その声を何とか届けようとしていた。ライダルは「それ」に胸を打たれたが、また同時に「悔しいな」と呟いた。「その幽霊がもし、周りの人に『それ』を伝えられたら? 人間の言葉で、人間の言葉を伝えられたら? 幽霊は、きっと」


 マティは、その言葉に眉を寄せた。その言葉にうなずける気持ちがあったが、彼としてはやっぱり認められなかったらしい。特にライダルが言った、「周りの人にもし、自分の気持ちを伝えられたら?」の部分。この部分には、妙な不快感を覚えたようだった。マティは部下の少年に不満を抱いたが、表面上ではそれを見せず、少年の肩に手を乗せて、自分の正面にまた向き直った。「何であれ、今は待つしかない。深夜の二時になるまで」


 ライダルは、その言葉にうなずいた。マノンも、それにつづいた。二人はマティの後ろに連れだって、町の中をまた歩きはじめた。町の中は、静かだった、時間相応の音は聞えてきたが、それ以外の音はほとんど聞えない。すべてが控え目に、そして、抑え目になっている。彼等が「深夜までの時間潰し」として入った料理屋の中も、店主の「いらっしゃい」を除いては、客達のヒソヒソ声が聞えるだけで、あらゆる物音が抑えられていた。


 彼等はそれぞれに好きな料理を頼んだが、それらがテーブルの上に運ばれた後は、真面目な顔で自分の料理を食べはじめた。


「美味いな」


 そう呟いたのは、自分のスープを啜ったマティだった。マティは幽霊との戦いに備えてか、「食べすぎ」とまではいかないものの、ライダルよりはずっと多い料理の品を頼んで、それらをじっくりと味わっていた。「化け物と戦うのなら、これくらいの方が良い。不味い料理は、気分まで滅入る」


 ライダルは、その言葉に苦笑した。「それは、あまり言わない方がいいのでは?」と、そう内心で思ってしまったのである。彼の言葉は一応、店の主にも聞えている筈だし。「美味い」の部分はまだいいが、「化け物」の部分は「流石に不味い」と思った。ライダルは彼の言葉を諫めようとしたが、それを読んだらしいマティに止められてしまった。


「マティさん!」


「大丈夫だ。そう言うのは、無視して構わない。ここの連中も、そう言うのには慣れているだろう」


「そんなモノですか?」


「そんなモノだ」


 マティは少年の視線を受ける中、無愛想な顔で自分の料理を平らげた。特製の野菜スープから、分厚い肉まであっさりと。彼はテーブルの上に食器類を置いて、店の給仕係に飲み物を頼んだ。「砂糖は、入れなくていい。今日の夜は、長いからな」


 給仕係は、その言葉に従った。彼等の会話をたまたま聞いてしまったようで、その言葉にも「分かりました」とうなずくほかなかったらしい。彼女は給仕係のそれらしく、お客の話に無関心なフリをして、店の奥にまた戻っていった。「かしこまりました」


 マティは、彼女の背中を見つめた。ライダルも、彼の横顔を見つめた。二人は真面目な顔で、深夜の二時を待ちつづけた。深夜の二時は、すぐに訪れた。「時間」としてはかなりの長時間だったが、そこの料理屋が「酒」を出していた事もあって、それがいい感じの時間潰しになった。マティは店の酒こそ飲まなかったものの、周りの旅人達と冒険話に盛りあがったおかげで、彼の部下であるライダルはもちろん、その恋人たるマノンにも「不満」を抱かせなかった。


「さて」


 それに応えたライダルも、やる気十分。その声にも、気合いが満ちていた。


「行きましょう、に」


 ライダルは椅子の上から立ちあがって、マティの顔を見かえした。マティの顔も、彼のやる気にうなずいている。ライダルはマティ達と連れだって、町の広場に向かった。町の広場は、暗かった。広場のどこを見渡しても、その暗さしか目に入ってこない。あらゆる場所が、夜の闇に染まっていた。ライダルは腰の鞘から剣を抜いて、自分の周りを見渡した。自分の周りはやっぱり、闇。夜空の月明かりだけが見える、暗い広場だった。ライダルは自分の剣を構えて、その周囲に意識を伸ばした。


「どこから来る?」


 前か? それとも、後ろか?


「姿を現せ!」


 ライダルは鋭い目で、夜の闇を睨んだ。闇の中には一人、いつの間に現われたのだろう? ライダルが自分の正面に向きなおった瞬間、それが彼の目に飛びこんできた。闇夜の中に立っている、彼と同い年くらいの人間が。人間は自分の足がフラついているのか、その場からしばらく動こうとしなかった。


 ライダルは「それ」をしばらく見ていたが、やがて人影の方に走りよとした。だが、それをマティに止められてしまった。マティは目の前の人影に違和感を覚えたらしく、今の場所にライダルを待たせると、自分一人だけで人影の方に歩みよった。


「マティさん!」


「喋るな! 静かにしろ」


 マティは不思議そうな顔で、相手の顔をまじまじと見た。その顔に見覚えがあったからである。マティはまたも不思議そうな顔で、相手の顔をじっと見つづけた。


「なぜだ? なぜ、お前がここに? 

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